第57話 マイ・ベストフレンド


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 ――須藤君っ。

 ――大丈夫っ、須藤君ッ!?

 ――こんな、ひどい。なんで……ッ。

 ――ねえ、なんでなの。私の、ためなの?

 ――私を助けるために、あの人達と戦ってくれたの?

 ――須藤君、須藤君、ありがとう、本当に――ありがとう。

 

 ぼんやりとした視界が鮮明になる。

 真っ白い天井と蛍光灯が見えた。

 どこだろうか、ここは。

 なぜ僕は横になって天井を見上げているのだろうか。

 

 確か僕は……何をしていたっけ? 

 ああ、そうだ。今日はまるちぃの最後の出勤日で、だからいつも通り《にくきゅーフレンズ》に行ったんだ。そこでまるちぃに出迎えてもらって……いや、違う。まるちぃにはまだ会ってなかったはずだ。じゃあ、僕は一体――。


「DQNッ!!」


 僕は全てを思い出し、勢いよく上半身を持ち上げる。

 持ち上げた瞬間、脇腹に痛みが走り思わず唸り声が出る。

 しかし痛みがあるのはそこだけではない。

 手や足、頬も同様であり、それらの箇所には冷湿布が貼られていた。

 

 つまり現状から推測するに、僕はDQNに立ち向かったものの返り討ちにあって気絶。

 その後、誰かが救急車を呼んで治療のあとに病院のベッドで寝ている、といったところだろうか。

 

 そのとき、ベッドを囲っていたカーテンが突然開く。

 柑奈と信之がそこにはいた。


「おっ、目、覚ましたん? よかっ――ぶへっ!?」


「イッキーっ!!」


 柑奈が信之を押しやると、僕に抱きついた。


「いた、いたたたっ。柑奈痛いってっ」


「だって、だって、イッキー、このまま起きないで死んじゃうかもしれないって思ったんだもんっ。貧弱で冴えないオタクなのにこんなにいっぱい殴られて本当に――良かったっ」


 余計な人物評が気になるけど、体中が悲鳴を上げていることからしこたま殴られたのは事実のようだ。

 その過程で鳩尾にでもクリティカルヒットを食らって気絶したのだろう。

 先日も別のDQNの攻撃で意識を失ったけど、僕は気絶しやすい体質なのかもしれない。

 そんな体質があればの話だけど。


「そうだぜ、いっちゃん。あんなLINE送ってきてからの病院搬送じゃ、猶更だっつーの」


「そうだよ、これなんなの? こんなもん送ってきてさ。心配するに決まってんじゃんっ」


 瞳を潤ませる柑奈が、スマートフォンの画面を僕の顔に近づける。

 そこには二人に送ったLINEの文章があった。


【《にくきゅーフレンズ》にて黄瀬さんをDQNから救う。死んだら骨を拾ってくれ】


 いかにも死地に赴くオタクが送りそうな痛い内容である。

 こんなものを送っていたのかと、僕は痛みを忘れる程に恥ずかしくなった。


「ごめん。変なLINE送っちゃって。でもそれくらいの覚悟で僕は黄瀬さんを救うつもりだったから」


 そのあと、どうして僕がDQNから黄瀬さんを救うことになったのかを二人に話した。

 黄瀬さんのプライバシーを考慮しながらだったので言葉足らずなところがあったけれど、柑奈と信之は理解して納得してくれた。


 彼らはLINEを見たあと僕に電話したらしい。

 でも僕が出ないので二人で連絡を取り合って、わざわざ《にくきゅーフレンズ》まで来てくれたとのことだ。

 しかしそのときには僕はすでに病院に運ばれていたので、《にくきゅーフレンズ》の店長に聞いてこの病院にやってきたという。

 DQNと対峙したのが《にくきゅーフレンズ》まであと十メートルほどだったこともあり、店長は騒ぎを聞いて出てきたのだろう。

 ということはにゃんメイドにだって知られている可能性はある。


 まるちぃ。


 彼女は無事だったのだろうか。

 救急車を呼ぶほどの騒ぎだとすれば、奴らDQNがそのあと何食わぬ顔で《にくきゅーフレンズ》に行ったとは思えない。

 でも行かなくとも、まるいちぃが外へと出ていれば攫うことだって可能。

 急激に不安に襲われるその最中、


「黄瀬さん、ここにいたんだよ」


 柑奈が言った。


「え? 黄瀬さんが」


「うん。カンナ達が来たときにはいたんだけど、十分くらい前に店に戻るって。多分、救急車に一緒に乗って来たんだと思うよ」


「この病室入ったときびっくりしたぞ。メイドのコスプレしたナースが涙目でいっちゃん見詰めてるとかどんなシチュエーション?みたいな。向こうは向こうであなたたち誰?って感じだったけど、ベストフレンドって答えておいた、うん」


 黄瀬さんがここにいた。

 しかも一緒に救急車に乗ってきた。

 そういえば、目を覚ます前に黄瀬さんの映像が去来したけれど、あれは救急車に乗せられる前だったような気がする。

 あのときから彼女は僕のそばにいて、十分前まで一緒にいてくれた。


「無事、だったんだ。良かった……」


 その事実が僕を心の底から安堵させる。


「目、腫らしてたよ。すごい泣いたんだと思う。……あ、そういえば」


 柑奈がポーチから半分に折られた紙を取り出す。

 すると僕に差し出した。


「これは?」


「黄瀬さんから預かったイッキー宛の手紙。あ、大丈夫、開いたりしてないから」


 僕は受け取った手紙を開く。

 先日、黄瀬さんから受け取った花柄の便箋。

 そこには二行だけ文字が書かれていた。


【午後七時に私の部屋に来てください。

 待ってます】


 僕はその短い文言から行間を読もうと試みる。

 でも若輩者の自分にはそんなスキルはないらしく、すぐに降参した。

 顔を上げると手紙の内容が気になるかのような二人。

 でも踏み込んではいけないと思ったのか、別の話を放り投げてくれた。

 それは僕も知りたかったDQNのその後だ。


 話によればDQN三人組は傷害容疑で警察に現行犯逮捕されたらしい。

 ということは僕のにわか知識によれば、奴らは今頃留置場に入れられ明日には検察官への送致という流れになるはずだ。

 当然、被害者である僕はのちほど警察に話を聞かれることになるれけど、そのときは正直に話そうと思う。

 彼らの悪行を許せなくて僕から喧嘩をしかけたことを。


 紙のポスターで殴り掛かってしかも避けられたような気がするけど、それで僕まで逮捕されればそのときはしょうがない。

 黄瀬さんが助かったのだから良しとする。


 柑奈は更に、あとで僕の両親が来ることを教えてくれた。

 電話番号はどうしたのかと聞くと、僕のスマートフォンから直接かけたらしい。

 さて、やがてやって来る両親にはどんな説明をしようかと考え始めたところで、僕のベストフレンド達が帰宅の旨を僕に告げた。


「じゃな、いっちゃん。あ、最後に」


「ん?」


 何か思い出したような信之が続ける。


「やっぱりズッ友の勘は当たったかなってさ。物語の主役になったんじゃね、いっちゃん」


 なんと答えていいのか分からない僕に、信之は手を振って病室を出る。


「実物初めて見たけど、黄瀬さん可愛いね」一人残った柑奈がそんなことを云う。信之のそれと同様に答えあぐねていると、「それにすごくいい子。だって、イッキーのことを本気で心配して涙流したんだから。だからイッキー」


 そこで左手を腰にやり、足を若干開いて僕を指さす柑奈。

 命令でもするような仕草だと思った。

 でもそのままの姿勢で、僕に視線を向けつつ何も言わない幼馴染。


「なんだよ」


 居た堪れなくなって僕のほうから聞いてみる。

 柑奈は僕に向けていた人差し指を自分のほうに戻すと、顔の前で頭上に向けた。


「結果はカンナに一番最初に教えること。じゃないと絶交だかんね」


 柑奈が病室から去っていく。


 結果。

 もしもその結果とやらが黄瀬さんへの告白の結果ならば、言われなくとも柑奈に一番に教えるつもりだ。

 それこそが、僕を応援してくれている大切な幼馴染への責任だと思っているから。


 三十分後、両親がやってきた。

 同時に警察の人間もやってきたけど、たまたま廊下で会ったらしい。

 僕はまず病室内で警察から簡単な事情聴取を受けた。

 正直に言うと決めていたので、特に口ごもることなく伝えるべきを話すことができた。


 警察のジャッジは僕は百パーセント被害者だというものであり、おまわりさんはどこまでも同情的な態度で接してくれた。

 どうやら目撃者がいたようで、僕のポスターによる先制攻撃はやはり避けられていた。

 その後、DQN達に一方的に暴行を受けて僕はいつしか意識を失い、あとは御覧の通りというわけだ。

 明日被害届けを警察署で記入してくださいと言い残して、警察官は辞去した。

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