第56話 だから僕はリュックサックからポスターを出したんだ


 店に入ってまるちぃを強引にさらっていく?  

 そんな犯罪じみたことをあいつらが本当にやるのか。

 

 あいつらは最低最悪のDQN連中だぞ。

 やるかもしれないじゃないか。

 

 もしやったらどうするんだ。

 

 もしやったとしても、店長だってほかのご主人様だっている。

 彼らがなんとかしてくれるんじゃないのか。

 

 店長は一人だぞ。

 それにほかのご主人様だってお前のようにDQNが怖くて、何もしないかもしれないぞ。

 

 そうだとしても警察は呼ぶだろ。

 だったらその警察がいくらなんでも放っておきはしない。

 

 警察だってすぐに来るわけじゃないだろ。

 その間にまるちぃが乱暴されるかもしれないぞ。

 

 乱暴したら確実につかまる。

 そんな愚を犯すとは思えない。


 だからそんな愚を犯すような連中だろ、あいつらは。

 

 普通、そこまでのリスクを背負ってまでしない。

 

 あいつらは普通じゃない。変な期待をするな。

 

 期待とかじゃなくて、現実的な話だ。

 

 こうあってほしいという願望だろ。

 

 願望であって何が悪い。

 

 その願望が現実になる可能性は充分に高いはずだ。

 

 そうだ。やっぱり現実的な話だ。現実的な話なんだよ。


 彼女を助けるつもりがないならそう言えよ。くだらない屁理屈をこねくり回すなよ。お前は黄瀬さんもまるちぃもどうなってもいいと思ってるんだよ。乱暴されてメイド服引きちぎられてた姿をSNSに投稿されても、関係ないって思ってんだよ。お前は、黄瀬さんのことなんか好きでもなんでもないんだよ。

 

 

 違うっ。僕は黄瀬さんのことが好きだッ。


 

 僕の中の迷いが霧散する。

 その空白を埋めるかのように、たくさんの黄瀬さん、まるちぃのあらゆる表情が浮かんでは埋めていく。

 そして最後に去来する彼女と初めて会った一月二十二日の映像。

 

 そう、これは、まるちぃのくしゃみから始まった僕の物語。

 ならばピンチに陥ったヒロインを救うのは主人公に決まってる。

 代役なんていやしない。

 僕がまるちぃという姫君を救う勇者なのだから。

 

 混迷の穴倉から抜け出た僕は周囲に目を向ける。

 道路を跨いだ左方に『ホビーパラダイス』を見つけると、僕はその店に駆け込んだ。

 確かこの辺だったはずだとレジの横に走り寄ると目的の物はあった。


「これ下さいっ。早くっ」

 

 怪訝な視線を向けていた店員で会計を終えると、その場で武器を作成する。

 買ったのは十枚のポスター。

 一枚では攻撃力が低いので僕は五枚をまとめて丸める。

 硬さを確認して良しとすると、その状態で袋に戻す。

 武器は計二本。

 僕はそれをリュックサックの両脇に差し込むと踵を返して屋外へと飛び出た。

 

 誰かに当たりそうになり怒声を浴びる。

 僕はすいませんと声を上げると、DQNを追いかける。

 すでに姿が見えなくなっていたけど、行先が分かっているので問題はない。

 

 全力で走っている最中、何人かの人間に笑われた。

 おそらく、リュックサックからポスター二本出しというビームサーベルスタイルのオタクが全力疾走という構図がおかしいのだろう。


「何ガンダムだよ、あれ。推進力半端ねー」


 はっきり聞こえる声。

 やっぱりそうだった。

 だがしかし、嘲りの声を気にしている場合ではない。

 大体、秋葉原という場所柄、僕みたいな堂々たる者はほかにもいる。

 まさかその堂々たる者に僕がなるとは思わなかったけれど。


 芳林公園へと着く。

 DQN三人組はいない。

 いや、信号を渡った先にいる。

 追いかければ間に合う距離だ。

 僕は呼吸を整えながら思い立ったそれを実行する。


 素早く字を打ち込み信之と柑奈にLINEを送る。

 彼らがそれを読めば僕の覚悟の程を理解してくれるだろう。

 送ったからにはもう後戻りはできない。

 元々、止めるつもりもなかったけれど、これで完全に背水の陣だ。

 

 僕は再び、大地を蹴る。

 信号を渡り、歩道へと出る。

 獲物はすぐそこだとばかりに闊歩するDQN達。

 その十数メートル先には《にくきゅーフレンズ》。

 そこでは何も知らないまるちぃが、僕に最後の給仕をするために待っている。

 

 お前らには行かせない。

 まるちぃには指一本触れさせない。

 僕の黄瀬さんを傷つけるような奴らは絶対に許さない。


「待てよ。お前達」


 はっきりとした声音。

 それはDQN共にも聞こえたようで、彼ら三人はゆるりとこちらに振り向いた。


「ああ? 何お前。俺らに言ったの?」


 赤髪が云う。

 僕は目を離さずに、リュックサックから二本のポスターサーベルを取り出す。

 そしてドスの効いた声に負けまいと思い切り息を吸い込み、叫んだ。


「黄瀬さんを悲しませる奴は許さないッ!!」


 僕は姫君をさらいに来たモンスター達に斬りかかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る