第36話 気持ちのぶつけ方


 僕は一呼吸置くと、あの日の出来事を掻い摘んで信之に伝える。

 そこには当然、柑奈がメイド喫茶もどきをして僕の気持ちを軽んじたこと、そして詰まる所、僕が柑奈よりまるちぃを選んだという意思も含まれていた。

 更に言えば、柑奈が最後に僕に好きだと告白したことについても伝えた。

 それを隠すのはなんとなくフェアじゃないような気がして。


「――なるほど。まあ、いっちゃんの気持ちも分かるけど、同時に柑奈氏の気持ちも分かっちゃうんだな。多分、長い間いっちゃんのこと好きだったろうし、だからこそ、いっちゃんがまるちぃのほうばっかり見ているのは辛かっただろうし。でも、いっちゃんの決めたことだし、そのファイナルアンサーは尊重する。たださ」


「ただ……?」


 柑奈の口にした、猫耳の安っぽいキャラが脳裏を過る。

 まさかお前も――と、身構えた僕に信之が続けた。


「せめて、オムライスくらい食べておけよって話。幼馴染が自宅に招いて決して振り向いてくれない好きな相手にメイドの格好をして健気に振る舞うオムライスとか、シチュ萌えの産物やん。なんで食わんの? ねえ」


 そっちかよ。


「バカ言うなよ。流れ的に食べれるような雰囲気じゃないだろ。もう終わりにするぞ、この話」


「――ぶつけろよな」


「え?」


「まるちぃのことが本気で好きなら、その気持ちを真正面からぶつけろよな。いっちゃんにはその責任があるんだよ。柑奈氏の想いを退けるんなら、それだけの責任がさ」


 ――責任。


 僕が自分の気持ちをどう扱おうが自由だ。

 誰であろうと気持ちの行く先を強制できるものではない。

 だから信之の言った責任など介在する余地などない。

 でも、柑奈の想いを受け止めることのできなかった罪悪感はしこりのように心を蝕んでいて、それを取り除きたいのは事実だった。


「そうだな。うん、考えておく」


「ずっと考え中はなしだかんな」


「ああ、ずっとってことはない。ずっとってことは……」


 ずっとじゃないならいつなんだ?

 そもそも、まるちぃに気持ちを真正面からぶつけるってことを僕は分かっているか?

 いや、そう考えてしまうのが、まるちぃをそれこそ偶像と定義しているに他ならないんじゃないのか?

 だから考えておくなんていう逃げ口上を使ったんじゃないのか――?


 僕はそこで思考を中断させる。

 煩悶の迷宮が眼前にあるような気がしてぞっとしたのだ。


「ずっとじゃないって言ったな。言質取ったぞ。いつ気持ちをぶつけるんだなんて急かすようなことは言わんけど、責任は果たせよ。もしも自分の言葉に嘘吐いたら、そのときは俺のスキル、《絶交ハルマゲドン・オブ・ズットモ》がいっちゃんの大事なところに――あっつっ、あつううううううッ!」


 立ち上がろうとした信之にラーメンのカップのスープがぶちまけられる。

 被害箇所はタイムリーに股間だった。


 そんなところに置いておくからだろ。


 キーンコーンカーンコーン……と、昼休みの終了を告げるチャイムが鳴る。


「ジャージなかったら貸してやるよ。スキニーパンツみたいになるだろうけどな」


 僕はうずくまっている信之の肩を叩いてから屋上のドアへと向かう。

 前方の女子達の中に柑奈がいないか確認している自分がいて、しこりが疼いた。


 僕は画面をスワイプするように意識を切り替える。

 現れたのはコンビニで会ったときの黄瀬さん。

 もう何度目か忘れたほどの登板回数だ。

 でもって彼女は必ず、あの日のように僕にこう言うんだ。


『私がどうであれ、ご主人様のまるちぃは変わりませんから。だから……ずっとまるちぃを好きでいてくださいね。にっきゅっ、にっきゅっ』


 ――そうなんだ。


 偶像だろうがなんだろうが、僕の推しメイドが癒しの微笑みでお帰りなさいと歓迎してくれればそれでいいんだ。

 大体、気持ちを正直にぶつけろと言うけれど、好きだと告白するだけがそうじゃない。


 毎週土曜にまるちぃに会うために《にくきゅーフレンズ》に行き、まるちぃが来たタイミングでにくきゅー萌えにゃんセットを頼んで、まるちぃと出来る限り会話できるように努めて、まるちぃとインスタントカメラでツーショット写真を撮って、まるちぃの僕への友好の情を感じながら彼女の、「行ってらっしゃいませなのラ、ご主人様。次の入国までまたなのラ。にっきゅ、にっきゅっ」に全身全霊の「にっきゅ、にっきゅぅッ」で応じる。


 これが僕のまるちぃへの気持ちのぶつけ方なんだ。


 胸がすく。

 雲一つない蒼天のように僕の心が晴れやかになる。

 次の《にくきゅーフレンズ》の日まであと三日。

 こんなにもまるちぃを恋しいと思ったのは初めてかもしれない。

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