第35話 信之の懸念
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「異世界転生カフェ? なんだよ、それ」
いつもの屋上、いつもの低層カースト専用スペース(隅っこ)で僕は信之に聞いた。
信之は《ラブ・ドライブ!》とタイアップしたカップ麺、その名を《アクセル全開コク味噌ラーメン・セカンド》の麺をすすったのち、僕の質問に答える。
「ほら、ここ最近、小説なんかじゃ異世界転生ものが流行ってるだろ。今やどのレーベルもその異世界転生小説で食っているようなもんじゃん? だからここはいっちょ、レーベルの垣根を越えて異世界転生物のどでかいウェーブを作ろうぜって感じで始まったのが、異世界転生カフェなんだな、うん」
いわゆる異世界転生物と言われるウェブ発のファンタジーノベルの勢いは、今や飛ぶ鳥を落とす勢いだ。
《現実の世界で一回死んだのち、異世界に転生してスーパー能力でやりたい放題》という土台の扱いやすさが書き手に受けているのだろう。
当然、アニメ化される作品もあるのだけど、基本的にご都合主義が過ぎるので僕はあまり好きではなかった。
「で、行ったんよ、そこ」
「へー。……あれ? ちょっと待て。いつ行ったんだよ? 昨日、学校に来なかったけど、まさか……」
「そのまさか。休日だと混むからさ。風邪引いたことにして休んだ」
「お前なぁ、そんなことで……いや、止めておく。その気持ちは僕も分かるしな」
仮にまるちぃが平日の朝の勤務だったら、一回くらい学校をずる休みして《にくきゅーフレンズ》に行っているであろう自分を想像できてしまう僕。
信之を責めれるはずもない。
「いや、控えめに言って最高だったね。ウェイトレスは全員、名のあるヒロインで固められてたんだけどさ、いたんよ、彼女が、俺の嫁が、ソルティたんがっ。さすがにあんな扇情的な格好じゃないけど、おっぱい大きくてさ。だから何枚か写真撮ってきた」
信之がラーメンを食べながら器用にスマートフォンを操作する。
撮った写真を見せてくれるらしい。
胸の写真ばかり撮ったのだろうかと焦ったが、そんなことはなく、信之とソルティ・M・シフォンサンドに扮したウェイトレスがポーズをしたツーショット写真だった。
まるでメイド喫茶のカメラ撮影である。
なのはさておき、信之のポーズがとにかく痛い。
本人は決めているつもりなのだろうけど、やっぱりダサいダサすぎる。
どれもこれもリュックサックからポスター二本出し状態なのが、オタク丸出し状態で悲しくなってくるほどだ。
それを口に出せば、ズッ友解消もあり得るかと、質問は一歩手前のセーフティラインまでにしておく。
「このポーズはなんなんだよ。やけに決めてるけど」
「メイド喫茶がご主人様なら、こっちは勇者だからな。だから俺TUEEEのポーズ」
「俺TUEEEのポーズ、ねぇ」
異世界転生物の勇者(主人公)はとにかく強い。なので完全無欠の最強主人公を指す言葉として、俺TUEEEがネットやラノベ界隈では定着しているらしい。
しかし写真の信之はどう見ても俺TUEEEとは無縁だ。
思わず「俺FUTEEEの間違いじゃないのか」と安易なパロディが出そうになったところで、僕は信之にじっと見られていることに気づいた。
「な、なんだよ」
「いや、別に……ああ、えっとさ、んん……」
煮え切らない物言いの信之。
「言いたいことがあるならはっきり言えって」
「じゃあ、言わせてもらうけどさ、柑奈氏と何かあった?」
「……え? いや、特に何も。なんで?」
そういった方面には鈍いとあなどっていた信之。
でもどこかで聞かれるんじゃないかと予想もしていたのに、僕の顔は自分でも分かるほどに引き攣っていた。
「なんでって、今日まったく話してないだろ。それに俺、見たんよ。柑奈氏がいっちゃんを見たあと、暗い顔して去っていくとこ。それでも何もないと」
「それは……」
「なあ、いっちゃん」
信之が食べ終わったラーメンのカップを胡坐をかいたその上へと置く。
そして組んだ腕をでっぷりとしたお腹に乗っけると、両眼の目力を三割増しさせた。
「別に隠し事をするなと言うつもりはないんよ。俺だっていっちゃんに言えないことだってあるしさ。でも、柑奈氏のあの凹んでいる態度の原因が絡んでくると話は違ってくるぜ。俺達三人の間に不協和音とか似合わんし? 険悪になんの嫌だな、俺。三人で《スマシス》できなくなるじゃんよ。……で、正直なところ、どうなんよ」
「だ、だから……」
「いっちゃんっ」
ずいっと顔を近づける信之。
その口から味噌の臭いが漂ってくる。
僕は身をのけぞらせると「分かった、分かった、言うよっ」と観念した。
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