第33話 三〇五号室のベランダが気になって

 

 柑奈が僕に対して好意的な感情を抱いていることを、知らなかったと言えば嘘になる。

 柑奈のことを異性として見れないというのも、口にしてしまえばそれも真っ赤な嘘だ。

 柑奈は誰が見たって可愛いと思うだろうし、あの天真爛漫さも相まって、多くの男性にとってとても魅力的な女の子に違いないのだから。

 

 だから僕も柑奈のことは、可愛くて天真爛漫で魅力的な女の子だと思っている。

 でも好きかってなるとそれは違う。

 小さいころから十年間という月日を気の置けない間柄でやってきた僕にとって、柑奈は仲のよい兄妹のような、或いは親交の深い親戚のような、はたまたマブダチのような存在だから。

 

 つまり、うまく言い表すことのできない特別な幼馴染。

 

 だから柑奈も僕と同じような認識でいると思っていたのだけど、いつからかそこに温度差を感じるようになっていた。

 それがいつかは忘れたけれど、ここ最近、更に柑奈の好意を強く感じるようになったのは確かだ。

 

 多分、まるちぃである黄瀬さんが僕のとなりの部屋に引っ越してきてからだ。

 その事実を柑奈が知ったとき、彼女をまとう空気が変わったような気はしていた。


「だから何だって言うんだよ。僕が好きなのはまるちぃなんだ。――あっ、くそ」


テレビの液晶画面に大きく《YOU LOSE》と出る。

《大激闘スマッシュシスターズ》で僕の愛用しているキャラクターがコンピューターに負けたのだ。

 

 いつもだったらなんとか競り勝てる相手なのに、今日は何度も戦ってはこてんぱんだ。

 要因を探れば、気分が乗らないという単純な理由へと行きつく。

 僕はコントローラーを置くと、机に放置されている弁当の容器をプラ用のゴミ箱へ捨てる。


 そういえば明日はプラの日だったっけ。

 

 僕は小さなプラ用のゴミ箱を持ってベランダへと出る。

 プラ用の大きなポリ袋にそのゴミを押し込んで、袋の端を結ぶと「ふう」と一呼吸。

 ふと、横をみればベランダの仕切り板の下から光が漏れている。

 黄瀬さんが在宅中なのだろうか。

 夜の八時半という時刻を考えればその可能性は高い。


 僕は唾を飲み込むと、そおっと立つ。

 これまた、そーっとベランダの柵へと歩を進めるとその柵に手を置いた。

 味気ない景色を眺めること約十秒。僕は一歩前に出たのち、ゼンマイ式の人形かのように顔を左へとゆっくり向けた。


 三〇五号室のベランダの柵が見える。

 黄瀬さんはいない。でも部屋にはいるかもしれない。

 それを確認するには、仕切り板を蹴り破って向こう側へといき、窓の外から中を確認すればいいだけのことだ。

 光の漏れ具合からレースのカーテンしか閉めていないだろうから、黄瀬さんのシルエットは見えるかもしれない。


 ――って僕は何考えているんだ。


 自己嫌悪に陥る僕。


 同時に自己弁護が許されるのであればそれは、自分がまるちぃであることを認めた黄瀬さんへの好奇心であり、単なる黄瀬さんへの興味ではない。


 いやいや、全然、弁護になってないからっ。

 

 部屋の中でまるちぃの格好をしている黄瀬さんを想像してしまったそのとき、三〇五号室のベランダの窓が開く音がした。


 心臓がドクンッと大きく跳ねる。

 自分の部屋のベランダでありながらここにいてはまずいような気がして、僕はうるさい心臓を宥めすかしながら忍び足で室内へと戻る。

 閉める音が聞こえてしまうのにも抵抗があって、窓も開けたままにした。

 テレビから聞こえる《大激闘スマッシュシスターズ》のミュージック。


 僕は摺り足でゲーム機にたどり着くと、電源をオフにした。

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