第31話 思わぬオモテナシ


「どれくらいぶりだっけか、柑奈の家に来るのって」


 レンガ調の外壁がおしゃれ感を際立たせる一軒家を眺めながら、僕は柑奈に聞く。

 昨日の約束通り、柑奈の家に来ていたのだ。

 ちなみに幼馴染ということもあって、僕の実家はここから二百メートルほどのところにある。


「多分、二年ぶりくらいじゃないかな。あー、思い出したっ」


「いきなり何をだよ」


「イッキーがこの外壁を見たとき、レンガを積み上げるの大変そうだよねとか言ってたこと。プっ」


 わざとらしく吹き出す水樹家の一人娘。

 僕は当時のことを思い出し、ぐぬぬ……ッとばかりに眉間にシワを寄せる。

 

 この外壁は本物のレンガではなく、ブリックタイルというレンガや天然石を形どったセメント系製品なのだという。

 建築に関しての知識なんて皆無に等しい僕が純粋な感想を述べて、それを柑奈が得意満面で指摘してきたというわけである。


「蒸し返すなよな。ほら、早く中に入ろうぜ。キッチンが待ってるんだろ」


「はいはーい」


 柑奈に続いて家の中に入った僕は、室内が静まり返っていることに気付く。

 時間も時間ということもあり、まだ両親が帰宅していないらしい。

 だから聞くまでもなかったのだけど、つい「誰もいないんだ」という呟きをこぼしてしまう僕。

 すると柑奈は「うん、お母さんとお父さん、泊まり掛けの旅行に行ってるから」と、予想もしていなかった両親不在の理由を口にするのだった。


 小綺麗で暖かな雰囲気のある屋内を誘導される僕。

 そういえば、こっちのほうには来たことがなかったなと何とはなしに過らせていると、


「ジャーン、これがリフォームしたキッチンなのだ」


 柑奈がキッチンを紹介してくれた。


「ふーん。分かった」


「えーっ、もっと感想ないの? このダブルサポートシンクの二段レーンが画期的だよねとか、自動調理のお急ぎモードが忙しい人にぴったりでいいよねとか、四つのお鍋を同時加熱できるIHが効率的でいいねとかさ」


「いや、キッチンとか別に興味ないし、今のすごい機能を聞いてもやっぱり、ふーんとしか。で、このキッチンが何か言ってたんだっけ?」


 不満を表明するように頬を膨らませていた柑奈の、その頬から空気が抜ける。


「料理を作ってあげてーって叫んでるんだよ。だからカンナがその声に応えてあげるのだ。イッキーは、取り合えずリビングでテレビでも見て待ってて。ちょっと着替えてくるね」


 柑奈はそう言うや否や、二階にある自室へと向かう。

 途中、僕の方を振り返って「お楽しみに」と口を動かしたけど、それは料理のことなのだろう。

 

 柑奈の手料理か。そういえば初めてだったよな。


 一体、柑奈の料理の腕前はどれほどのものなのだろうか。

 興味の円グラフのうちの大半は楽しみで占められているけれど、残りは恐怖で埋まっていた。

 なぜだろうと思ってすぐにピンとくる。

 最近、ヒロインの料理がとてつもなくまずいことが判明した、とあるアニメを観たからだ。

 

 しかし柑奈は、そのラノベ原作アニメのヒロインのような立ち位置にはいない。

 なら大丈夫だろうと半ば強引に思うことにして、リビングにあるテレビを付けた。  

 でも特に見たい番組もないのですぐに消した。

 僕は結局ソファに座ったまま、スマートフォンで《ラブ・ドライブ!》関連の動画を見て柑奈を待つことにしたのだった。


 十五分後、「おまたせ」の声が背中に届く。

 女性の着替えとはいえ十五分は長いように思う。

 なので僕は別に不機嫌ではないけれど皮肉の一つでも言ってやろうと


「うん。待った、待った。もう帰っちゃ――」


 絶句。


《おうかと思ったよ》と続くはずだった言葉が出なかった。

 あまりにも想定外だった柑奈の服装を前に僕は口をぱくぱくさせるほかなかった。

 頭にはホワイトブリムを装着し、服装はピンクを基調としたエプロンドレス。

 足を包む白いハイサイソックスの下にはローヒールシューズ。

 つまり柑奈はメイドの格好をしていたのだ。


「どう? 似合ってるかな」


 正に呆然とする僕に、柑奈は若干照れたようにそんなことを聞いてくる。


「……いや、え? 何故にメイドの格好?」


 似合ってるかどうかの以前に、まずはそれだろう。

 料理を振る舞ってくれるのは嬉しいけれど、メイドの格好をする必然性は全くないはずだ。

 僕の混乱を察することもなく、柑奈は再び答えを求める。


「似合ってるかどうかを聞いてるんですけどー」


「に、似合ってはいると思うよ。うん、それはまあ、認める」


 ここは正直な僕。

 見目のいい売れっ子コスプレイヤーがメイドの格好をすれば、そりゃ似合うに決まってる。

 それはともかく僕の疑問にはまだ答えていない。

 待っていると柑奈が会話のボールを返してくる。でも求めているストレートではなく、とんでもない変化球だった。


「良かったぁ。ではご注文の方お願いしまーす。はい、ここから選んで下さいね、ご主人様」


「……ご、ご主人様って」


 呆気にとられっぱなしの僕の手に、A四サイズの紙が渡される。

 そこには【メニュー】、そして【柑奈一押しオムライスセット】とだけ書かれていた。

 一品しかないことへの突っ込みはともかく、柑奈の格好とお店かのような対応から僕はどうしたって連想してしまう。

 これじゃまるでメイド喫茶ではないか、と。


「選びましたか? ご主人様」


 お得意の近接距離で覗き込んでくるメイドバージョンの柑奈。


「え、選ぶもなにも、この《柑奈一押しオムライスセット》しかないじゃん」


「はい、《柑奈一押しオムライスセット》ですね。少々、こちらでお待ちくださいね、ご主人様」


 ダイニングテーブルの椅子に座るように促され、その通りにする僕。

 柑奈といえば、鼻歌を唄いながらキッチンスペースへ。

 次にエプロンを付けて冷蔵庫を開けると食材を取りだしはじめた。


 状況を理解できぬまま、柑奈のペースでことが進んでいく。

 柑奈はなんだってメイド喫茶のような真似事をするのだろうか。

 そこになんらかの意図があるような気がしてならない。

 ならばその意図とは一体……。

 

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