第三章 双剣の勇者と癒しの姫君

第30話 ハイスペックな幼馴染

 

 10


 ひと際大きな、甲高い音。

 その快音に応えるように白いボールは完璧な軌道を描き、ホームランと書かれた赤い掲示板に吸い込まれていく。

 するとボンっという音と共に、掲示板を囲む電飾がホームランを祝福するかのように、四方八方へと発光を始めた。


「やったー、ホームランだよっ。ねえ、見た見た?」


 ネット裏の長椅子で見学している僕に、飛び跳ねながら歓喜の姿を見せる柑奈。


「うん。僕が激しく気落ちするほどのホームランをね」


「そりゃ、カンナのほうが運動神経いいですから。オタクとは違うのだよ、オタクとは」


「あのなぁ、オタク=運動音痴っていう図式はよせよ。まあ、確かに僕や信之は運動においてのスキルは乏しいけれど、そうじゃないのだっているんだ。そもそもオタクってのは、今やアニメや漫画などの一部の嗜好性の強い趣味や玩具の域を出て、もっと広義の意味で使われているんだ。野球やサッカーやバスケだって、熱中して没頭してればそれはオタクなんだ。そいつらは運動音痴か? そうじゃないだろ。そもそも、柑奈だってゲームオタ――」


 カコォンっ!


 僕の言を遮るように、再び気持ちのいい打撃音が響く。

 振り抜かれたボールは、先ほどのホームランボールをトレースするかのように飛んでいき、同じ場所へと叩きつけられた。


「うっそ、またホームランなんだけど! わーい、カンナって凄い。ねっ?」


 こちらの話を聞いちゃいない柑奈が満面の笑みで、ピースサインを寄越す。

 その溌剌とした姿に僕は気勢を殺がれ、「ああ、凄いよ。うん凄い」と平淡な声で称賛を送るのだった。


 僕と柑奈がこの、スポーツ等を中心とした屋内型複合レジャー施設、レジャーキングダムに来たのは、別にスポーツで汗を掻くためじゃない。

 僕が次のアルバイト先を探しているときに、柑奈がレジャーキングダムはどうかと勧めてきたのだ。


『たくさん部門があるから大変そうだと思うけど、アルバイトは一つの部門を担当するだけだから楽だよ。丁度、ボーリングのアルバイトが辞めちゃって空いてるから、イッキーどう? てか、副支配人にはイッキーのこと話していて、じゃあ面接をして決めるから来てって言われたんだ、今度の月曜日。大丈夫、イッキーはオタクだけど真面目だから絶対採用されるって。ちなみにカンナはアミューズメント担当だよー。クレーンゲームの調整が得意なんだ。あ、ちょっと話せないこと多すぎてお口チャックだけどね』


 ――と。


 時給も悪くないしできそうだと判断した僕は、強引な柑奈の手引きもあってか、今日、月曜日、面接をするために学校から直でレジャーキングダムに来た。


 のだけど。


 肝心の面接官である副支配人が急な休みでいなかった。

 なら帰ればいいのだけど、せっかく来たのだから遊んでいこうとアルバイトが休みの柑奈に誘われ、今に至るのだった。

 

 バッティングを終えたカンナが満足そうにネット裏に戻ってくる。

 長椅子に腰をかける運動神経抜群の幼馴染殿はスポーツドリンクを一口飲むと、ぷはぁと息を吐く。

 その様はまるで、スポーツ飲料のコマーシャルに出ている若手女優のようだった。


「でもさぁ、カンナ思ったんだ」


「藪から棒に、何をだよ?」


「イッキーがメイド喫茶に行かなければ、別にアルバイトする必要ないんじゃないかなーって」


「自分で誘っておいてそれ言うのかよ。大体、僕は《にくきゅーフレンズ》に行くためだけにアルバイトしているわけじゃない。欲しいものだってあるし、出掛けたりだってするし、まあ、色々と使うんだよ」


 強制的に住まわされていることもあり家賃は払っていない。

 且つ水道光熱費と食費用に四万円ほど援助してもらっているので、ここだけの話その他の色々とは、インターネットとスマートフォンの定額料金だけである。


「じゃあさ、欲しいものを買うときと出掛けるときのお金だけ稼げれば無理する必要ないよね。のんびり週二シフトなんてどう?」


「いや、《にくきゅーフレンズ》にも通うから週二じゃ少ないって。大体、週四くらいで入りたいかな」


「ふーん、そっか。それで土曜日のほかに何曜日に入るつもりなの? どうせだったら同じ日にしない?」


「同じ日っていつだよ? いや待て。土曜日のほかにってなんだ? 土曜日確定なのか?」


「え? 別にそういうわけじゃないけど、土曜日は少し給料が上がるから入ったほうがいいかなって」


「あのさぁ」と僕が前のめりになったところで、柑奈が急に笑顔で手を振り始める。

 その瞳は僕の左後ろに向けられていて、振り向くとレジャーキングダムの制服に身を包んだ女性がいた。

 どうやら、ここでの知り合いらしい。

 柑奈に手を振り返すその女性は訝し気な目線を僕に送ったのち、カラオケルームのほうへと去っていった。


「で、なんだっけ? 土曜日は絶対入るって話?」


「違うよっ。あのさぁ、柑奈は僕が土曜に《にくきゅーフレンズ》に通ってること知

ってるだろ。なのになんで土曜に入れようとするんだよ。嫌がらせかよ」


「うん。嫌がらせ」


「は?」


 爽やかな笑みを浮かべて言い切る柑奈。

 あまりのあっけらかんとした肯定に呆気に取られた僕は、二の句が継げない。

 そんな僕の開いた口が塞がる前に、彼女はこう続けるのだった。


「明日、うちに来ない? キッチンをリフォームしたんだけど、誰かに料理を作ってあげてってうるさいから」


「……誰が?」


「キッチンが」


 相も変わらず清涼感溢れる表情で僕を見つめている、十年来の幼馴染。

 あまりに唐突なお誘いだったけれど、明日の予定が空欄である以上、断る理由もない。

 僕は「別にいいけど」と答える。

 柑奈は「やった」と一声上げて、《すっく》という副詞が相応しい勢いで長椅子から立ち上がった。


 何か言いそうなので待っていると柑奈が手を差し出す。


「立って。次はインドアスカッシュで勝負だよ。絶対に負けないんだからね」


 絶対もなにも、インドアスカッシュなどやったこともない。

 

 例えプレイしたことがあっても、運動神経抜群なあなたにスポーツで勝てる自信はございません。


 心中で卑下する僕は、なんでこんな《顔良し、スタイル良し、性格良し、運動良しのアイドルコスプレイヤー》が自分の幼馴染という枠に収まっているのだろうかと、素朴で、それでいて答えの出ない疑問を覚えるのだった。

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