第27話 イートインスペースにて


 黄瀬さんがイートインスペースに行くのと同時に、もう一つのレジで清算を始める僕。

 交換という話が出た以上、彼女は待っていてくれているのだろう。

 僕の何気ない、それでいて率直な提案が思わぬ展開を呼び込んだらしい。

 なんとも言えない緊張感を抱きながら、僕はイートインコーナーへと足を向ける。


 椅子に座って背を向けている黄瀬さん。

 ほかには誰もいない。

 すると彼女が振り向いた。

 黄瀬さんはその顔に頬笑みを乗せていた。


「シビッカです。一個目で出ちゃいました」


 シビッカのカードを両手で持って僕に見せる黄瀬さん。

 とても嬉しそうだ。


 浮かべている笑顔はまるちぃのそれとそっくりだった。

 同一人物である以上、当たり前のことなのだけど、黄瀬さんは黄瀬さん、まるちぃはまるちぃと分けて考えようと決めた矢先のこともあって、僕の胸は局所振動を起こしたかのようにざわめいた。


「やりましたね。僕もアールゼットちゃんが出てくれればいいんですけど」


 複雑な胸中はさておき、僕は黄瀬さんの横に座ると、彼女と一緒に《ラブ・ドライブ! 爆走ウエハースVol・3》の袋を開け続けた。

 結果は、僕の買った六個にはアールゼットもシビッカも出なかった。

 一方、黄瀬さんの残りの四個からはアールゼットが一枚出たのだった。


「本当にいいんですか? 貰っちゃって」


 僕は黄瀬さんにあげると言われて渡されたアールゼットのカードと、その黄瀬さんを交互に見遣る。


「はい。私はシビッカさえゲットできればよかったので。あ、別にほかのドリブンガールズに興味がないってわけじゃないですよ。ただ、本当に欲しい人が持っていたほうがいいのかなって」


「そうですか。ではありがたく頂戴いたします」


 僕は恭しさを装って頭を垂れる。

 そのタイミングで「それに……」という黄瀬さんの細い声が聞こえた。


 顔を上げる僕。

 ささやかだけど和やかだった先までの雰囲気にピリオドを打つような、神妙な面貌の黄瀬さんがいた。

 僕に見つめられてはっとしたような彼女は視線を一度下へと落とすと、幾許かの沈黙ののち目線を元に戻す。咄嗟に居住まいを正す僕に黄瀬さんはこう云った。


「あの、スマートフォンを拾ってくれてありがとうございました。それとこの……」


 彼女はパーカーのポケットから見覚えのあるアイテムを取り出す。


「シビッカのピンバッジもありがとうございました。とっても嬉しいです」


 ぺこりと頭を下げる黄瀬さん。

 燻っていた、《ピンバッジのプレゼントは余計なことだったかもしれない》という目下の懸念事項が弾けて消えるくらいに、彼女の言葉は意のある所のように思えた。


「いえいえ、だったら良かったです。それ、《夏ドリ》――あ、今日、さいたま市文化センターで《ドライブ、ドライブッ、ドライブッ! 夏のドリフトフェスティバル》っていう《ラブ・ドライブ!》のイベントがあったんですよ。そこの参加特典でもらったんですけど、ほら、僕はアールゼットが好きじゃないですか。でも貰ったのはシビッカだったので、どうしようかなぁって思っているときに黄瀬さんのスマホを見つけて、あ、そういえば黄瀬さんはシビッカが好きだったよなって思って、どうせ届けるなら一緒に入れておけば喜んでくれるかなって、だから嬉しいって言ってくれて、はい、本当に良かったです」


 多大なる安堵感から、冗長で要領を得ない言葉があふれ出る。

 言い終わってから恥ずかしさが迫上がってきて、居たたまれない気持ちに体が熱くなった。

 照れ隠しに「なんか暑いですねっ」と手で煽って、たいして涼しくもない風を頬で浴びていると、


「ふふふ」


 と黄瀬さんが口を押さえて笑った。


「え? は、ははは」


 つられて口をひくつかせるように動かす僕。


「須藤さんは、いい人ですね」


「そ、そうですかね、そう言ってもらえると――」



本当にいい人で安心します」



 須藤さんと呼ばれてドキっとしたのもつかの間。

 時が止まったかのように周囲の音がなくなった。

 テロップのように脳内を流れるその言葉の意味を明確に理解したとき、二つの世界(セカイ)がふいに融合する。


 何の準備もせぬままに、踏み込まらずを得ない状況になった向こう側のセカイ。

 だけど言葉は紡いでは解れを繰り返し、僕の声帯は本来の仕事を放棄していたのだった。

 

 なんて話せばいいのか分からない。

 そんな僕の窮状を知ってか知らずか、「外で話しませんか」と席を立つ黄瀬さん。 

 首肯する僕は自動ドアへ向かう彼女に付いていく。

 その小さな背中にまるちぃを重ねながら。

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