第26話 ラブ・ドライブ! 爆走ウエハース


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 コンビニの弁当って高いよな。

 

 先日までアルバイトをしていたスーパーマーケットでの販売価格と比べると、目の前の唐揚げ弁当は本当に割高だ。

 ドミナント戦略でコンビニが密集している今、配送コストだって多少は抑えられているはず。

 だからその分価格だって下げられそうなものだけど、なぜ高いままなのだろうか。

 せめて見切り品扱いで値下げでもしてくれればと思うのだけど、そこは複雑な事情があり、簡単にはできない理由があるのだろう。


「ちょっといい」


 弁当コーナーを塞ぐ形で思考モードに入っていたら、別の客に睨まれた。

 筋骨隆々な土方系の方である。


「す、すいませんっ」


 貧弱なオタク系の僕は唐揚げ弁当を取るとさっとその場を退く。

 レジ方向ではなく、反対側のジュースの陳列ケースのほうへと移動してしまった僕は、そのままとなりの通路へと入る。

 特に買うものもないのでレジへ直行する僕は、棚の端でとある商品を発見してしまった。


 コンビニ専売の《ラブ・ドライブ!》の食玩。その名も《ラブ・ドライブ! 爆走ウエハースVol・3》。

 タイヤの形をしたウエハース一枚と、ドリブンガール達のメタリックプラカードが一枚封入されて百二十円(税抜)のようだ。


 いつの間にこんな食玩が発売されていたのだろうか。

 Vol・3ということはVol・1とVol・2もすでに発売済みなのだろうけれど、僕は全く知らなかった。

 信之からも一切、話を聞いたことがないので、あいつも同様だろう。


 入っているのは、《慣性ドリフトFIGHTING(ファイティング)!》の衣装を着用したドリブンガールのカードみたいだけど、パッケージにもあるように衣装はけっこう攻めている。

 僕の好きなアールゼットも例外ではない。


 やべ、欲しいかも。


 もちろん、アールゼットが出るとは限らないけれど、数打ちゃ当たる作戦でいけば確率はグンと上がる。

 僕は残っている小銭、約八百円で六個買うことに決めた。


 そのとき僕は、目の前の食玩に集中しすぎていたのだと思う。

 弁当コーナーでの立ちっぱなし以上に周囲のことを気にしていなくて、僕は食玩に伸ばされたその白くてほっそりとした手を見たとき、はじめてとなりに人がいることに気づいた。


「す、すいません――あ」


 その人はまるちぃ、いや黄瀬さんだった。

《ひだまりハイム》のすぐ近くのコンビニというのもあって、ニアミス、或いは鉢合わせもあり得るとは思っていたけれど、食玩コーナーというこんな窮屈な空間でとは思いもしなった。

 メデューサの視線にさらされたかのように体を硬直させる僕に、《ラブ・ドライブ! 爆走ウエハースVol・.3》の一つを手に取って眺める黄瀬さんが振り向いた。


「こんばんは。こんなの出ていたんですね。集めているんですか?」


 誰に話しかけているのだろうか。

 唐突な展開もあってそんな思いがよぎったのだけど、僕を見ながら僕ではない誰かに話すはずもない。

 早鐘を打つ鼓動が己の心的状態を如実に表しているけれど、僕はなんとか冷静さを保ったまま声を発した。


「こんばんは。あ、いえ、集めてはいません。今日、初めて見たので。あ、でも、ちょっと興味があって買おうかなって思ってます、はい」


「そうなんですか。この衣装、《慣性ドリフトFIGHTING!》のですよね」


 言葉のキャッチボールを続けてくれるらしい。

 なのに僕は。


「はい。そうみたいですね。ろ――」


「……?」


「……あ」


「……」


「……」


 キャッチャーミットで受け損ねたかのように、会話を途切れさせていた。

「露出度高くてなんかエッチですよね」と言いそうになり、それはちょっとまずいだろと飲み込んで、何も言葉がでなくなったわけである。

 落ちたボールはどこにいったと半ば錯乱状態で探していると、黄瀬さんが別のボールを投げてくれた。


「私も買っていいですか。五つくらい」


「え? あ、はい、大丈夫です。僕も六個買おうかなって思ってるんですけど、数は足りてるんで、はい、大丈夫です」


「良かった。シビッカが出るといいな」


「五枚ですからね。出るかもしれませんよ。あ、もし、出なくて僕のほうで出たら交換しましょう」


「いいんですか。じゃあ私もアールゼットを出さなきゃですね」


 そこまで言うと、黄瀬さんは五つの《ラブ・ドライブ! 爆走ウエハースVol・3》を持ってレジへと並ぶ。


 そこで僕は彼女の全体像を知る。

 タイトな青のジーンズにピンク色のパーカーというラフな格好で、ちょっとコンビニに行ってきますという場合にはぴったりのように思えた。

 

 それはともかく、黄瀬さんが僕がアールゼットを好きなことを覚えてくれていたのは、素直に嬉しい。

 少なくともあの日、アニメグッズ店で会ったときの会話は、彼女の記憶保管庫に陳列されているということなのだから。

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