第20話 二度目のダチョウ


「うん、地面に倒れたと思ったら、お尻だけを上げた状態で動かなくなったよ。芋虫の蠕動ぜんどう運動中みたいな」

 

 柑奈の先導でメリーゴーランドへと行く途中。

 僕は、自分が気を失ったのはいつなのかと柑奈に聞いてみたのだけど、やっぱりお腹を蹴られて地面に倒れたすぐあとだったらしい。

 しかし、芋虫の蠕動運動中の格好でKO状態とは情けない。

 想像しただけで顔が赤くなる。


「そ、それで、あいつはそのあとどうなったんだよ? あのコケコッコ野郎」


 僕は体裁を取り繕うように、つい先ほどの事件のことを柑奈に聞く。

 ちなみに柑奈はTシャツにジーンズというラフな私服だ。

 コスプレしたままアトラクションを楽しむことは可能なのだけどそこは一線を引いているみたいで、僕との時間を大切にしたいらしい。

 嬉しいことを言ってくれる。


「一旦、警備員につかまったんだけど、振りほどいて園内から逃げてった。カメコさん達の批難の声も凄かったから、もう来ないんじゃないかなー」


「だといいんだけどね。ああいったDQNは反省なんてしないから、また同じことを繰り返す可能性大だけど」


 DQNでなくてもレイヤーとの間で問題を起こすブラックカメコは結局、その悪しきスタイルを変えることはないだろう。

 そういった人間性で構成されているのだろうから。

 

 ぶっちゃけ、ブラックカメコに限らず、撮影を口実にやらしいことを企てるカメコは多いと聞くし、売れっ子レイヤーも色々と大変だ。

 柑奈も今日ほど露骨ではないとしても、軽微な迷惑行為に毎回悩まされているのかもしれない。


「そのときはまた、イッキーの《音速のスマホ叩き》を発動してもらうね。早かったよー、あれ。カルタのプロかよってくらい」


「信之のスキルみたいに言うなよ。大体、あれは諸刃の剣だぞ。使えばそのあと殴られるんだ。いてて……」


 あの膝蹴りを思い出した瞬間、痛みが蘇る。

 医務室で横になって快復したはずなのだけど、記憶が呼び起こすあの瞬間の感覚はいかんともしがたい。


「大丈夫、イッキー?」

 

 柑奈が心配そうな顔を浮かべて覗き込んでくる。

 僕は「大丈夫、チクっとしただけだから」と答えた。

 なのに彼女は僕のお腹を擦りだすと、「痛いの、痛いの、飛んでいけ~」などと口にする。

 これはさすがに恥ずかしい。


「止めろって。子供じゃないんだから」


「十六歳なら子供じゃん。でも、イッキー、ありがとね。助けてくれて。ちょっとダサかったけど」


「感謝の言葉ならもうすでにもらってるし、ダサいってのも分かってる」

 

 くすっと笑う柑奈はそこで密接距離の範囲内から離れると、「あっ」と声を出して、次に「早く」と言うや否や駆け出した。


「どうしたんだよ?」


「メリーゴーランド、すぐに乗れるみたい。だから早く」


 そういうことかと僕は柑奈を追いかける。


「イッキーはダチョウだよね。私はもちろんカエル」


「強制するなよな。大体、メリーゴーランドで二人して馬以外の生き物に乗るとか、物珍しいものとあらば食いつく小学生かよ」


 するとスタッフにフリーパスを見せる柑奈は、きょとんとした表情を浮かべたのち、こう口にした。


「前回と一緒じゃん。今度また来たときも同じのに乗るって二人して言ってたよ。カエル、カエルっ」


 巨大なカエルへと走る柑奈の姿を追いながら、前回とはなんだと僕は頭を捻る。

 僕と柑奈がフォレストランドで遊ぶのは初めてのはずだ。

 過去に三回程、二人でフォレストランドでのコスプレイベントに参加したことはあったけど、入場のみだったのだから。

 

 ――待てよ。


 僕は記憶を遡って遡って、遡り、八年前にお互いの家族同士でフォレストランドに来たことを思い出す。

 

 そのとき全員でこのメリーゴーランドへと並んで、僕は……、

 

 そう、僕はダチョウに乗った。

 そして柑奈はカエルだったかもしれない。いや、カエルだった。

 

 また同じのに乗ると言ったのは覚えていないけれど、当時、それこそ物珍しいものに食いつく小学生だったのだから、口にしていたとしても不思議ではない。

 にしても、なんでそんなどうでもいいことを覚えているのだろうか。

 僕は柑奈の記憶力に感心、あるいは呆れながら、ところどころ塗装の剥げたダチョウへとまたがるのだった。


 その後、僕と柑奈はフォレストランド内の全ての乗り物をコンプリートした。

 フリーパスを購入したからには全部乗らねばという、ある種の使命感を二人して有していたからこそ得ることのできた偉勲。

 偉勲というのは本来、全くもって相応しくない言葉だけど、僕にとって垂直落下系アトラクション《スカイ・グラヴィティ》に乗ったというのは、自分に対しての大きな手柄であり――。


 そして柑奈が、日本最恐を売りにしたお化け屋敷である《ゾンビ・オブ・テンペスト》を、出口まで歩き続けられたのもまた大功と呼べるものであった。


 まあ、僕も一緒だったのだけど。


「今日はすっごい楽しかったー。また一緒にこよーねっ」


 その声と表情と仕草から分かる、柑奈の満足感。

 僕は答える。


「ああ、そうだな」


 コスプレイベントがなければ、ね。

 

 

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