第19話 ブラックカメコ


 ところで、コスプレイヤーの撮影には主に二種類ある。

 

 一つは、列に並んで順番待ちをする方法。

 聞くところによるとこれが基本的な撮影の仕方であり、実際、フォレストランドの大広場の其処ここで撮影列ができていた。

 多分、上空から見たら、ミミズがうようよしているように見えるかもしれない。

 

 そしてもう一つが囲み撮影であり、レイヤーを中心にして周囲をカメコが固めるというものだった。

 列でカメコをさばくのに時間がかかる場合――つまり有名なレイヤーなんかはこういった囲み撮影をせざるを得ない状況が多々あるようで、我が幼馴染も撮影開始十分で、囲み撮影へと移行していた。

 

 僕は持参した折りたたみ踏み台の上から、ドーナツ状となったカメコの中にいる柑奈に視線を向ける。

 六法仙イナリへとなりきった彼女は、カメコからの要求に答えるようにさまざまなポーズを繰り返しては、撮影音を浴びていた。

 

 六法仙イナリが、

 勝利したときのポーズ。

 引き分けのときのポーズ。

 攻撃をしたときのポーズ。

 攻撃をかわしたときのポーズ。

 必殺技を出したときのポーズ。

 超必殺技を出したときのポーズ。

 イラスト集に載っていたポーズ。

 柑奈が発案したオリジナルのポーズ。

 

 などなど、三百六十度に存在するカメコに笑顔を振りまきながら、求められるポーズを提供し続ける柑奈。

 

 よくやるよな、ほんと。

 

 柑奈のコスプレイベントに付き合ったのはこれでもう三回目になるけれど、彼女のサービス精神には毎度感心させられる。

 全方位的に与える幸せオーラのシャワー。

 それは確かにおもてなし精神と言えるものであり、僕は反省する。

 だけっていうのは、さすがに失礼だったなと。

 

 それにしてもカメコに対する妙な親近感が、今日はやたらと強い。

 答えは明白だ。

 柑奈を囲んでいるカメコ達の多くが、僕や信之みたいなオタク臭を醸し出しているからだ。

 

 アニメやマンガの登場人物、あるいはアニメの名言Tシャツを着ているカメコはもちろんのこと、ふぁっしょんせんす? ナニソレおいしいの?と顔に書いてある、どう考えても女性にモテそうもないカメコ達。

 このうちの何人かはメイド喫茶に行っていてもおかしくはないな、なんて思っていると、柑奈がチラリとこちらに視線を向けて、右目で二回、瞬きをした。

 

 それは撮影会を終わりにするためのカウントの合図。

 誰かがカウント役として数を数えて強制的に撮影会を終わらせる方法があるのだけど、同行しているときは僕がその役だった。

 

 しかし重荷である。

 有名カメコならその威厳が有無を言わせぬ武器となるけれど、僕にそんなものはない。

 更に言えば、同伴ならではの野良カメコに対する優越感もない。

 

 レイヤーとカメコだけの異世界に間違えて転移してしまった、門外漢のボッチ野郎。

 そんな僕が囲み撮影の中に飛び込んでカウントを取るとか、毎回恐怖しかない。

 でも行くしかないのだ。

 

 ふと、柑奈の表情に何かに対する不快感が張り付く。

 いや、それは少し前から発露していたものであり、だからこそ彼女はカウントを僕に頼んだのかもしれない。

 その瞬間、僕の中の恐れの濃度がガクンと下がった。


「はいはいっ、カウント取りまーす! カウント取りまーすっ!」


 叫びながら、強引にカメコドーナツを割って柑奈のそばに行く僕。

 誰だこいつという視線が一斉に集まるけれど、みんなのアイドル六法仙イナリが「カウントお願いします」と僕に声を掛ければ、彼らは引き下がるしかない。

 カウント役としての立場を明確にした僕は、大きく息を吸って――、


「五、四、三、二、一、――はいっ、撮影は終了でーす! 撮影は終了でーすっ!!」


 不満を抱きながらも去っていくカメコ達。

 一応のルールである以上、従わなければブラックカメコ認定されてしまう危惧が彼らを従順な者として確立させるのだ。

 ちなみにブラックカメコとは、


「一枚、いや十枚撮ったら帰るから、ねーお願い、イナリちゃーん、パンツ見せてっ」


 こういったレイヤーの嫌がることを平気で頼んだり、あるいはする輩のことを言うのだ。

 それにしても平然とパンツ見せてなどと口にするとは、度し難いブラックカメコだ。

 しかもカメラがスマホって無加工のままSNSに上げるつもりかよ……って。


 眉根を寄せて嫌悪感を露わにする柑奈。

 その彼女の前に立つ男に、僕は慌てて声を掛けた。


「す、すいません、撮影終了したんですけど」

 

 同時に、本当にブラックカメコがいるとは思わなかったという驚きと、よく見ればDQNじみたその後ろ姿に怖気の念が湧き上がる。

 

 ゆっくりとこちらに振り向いて、「ああ?」とガンを垂れる男。

 トサカのような金色の髪型をしたそのDQNカメコは、声を大きくしてもう一度「ああっ!?」と僕に凄んだ。


 声が出ない。

 顔が強張る。

 面と向かってDQNに凄みを効かされる怖さが、これほどのものとは。


「だっせ」


 トサカ男は吐き捨てるように言うと、再び柑奈へと体の向きを変えた。

 幼馴染の視線が僕からDQNカメコへと移る。


「撮影は終わりって言いましたよね。もう帰ってもらえますか」


 毅然とした態度の柑奈。

 でもブラックカメコは一歩も引き下がる気がないのか、ふんと鼻を鳴らすと彼女の左腕を掴んだ。

 柑奈が驚いている隙を付くように、スマートフォンを握っている左手を彼女のスカートの下へと持っていくトサカ男。

 刹那、僕は無意識的にそいつのスマートフォンを手で払っていた。

 

 スマートフォンが勢いをつけて広場を転がっていく。

 次の瞬間、「てめっ、何やってんだこらっ!」とトサカDQNに怒声をぶつけられて、僕の腹部に激痛が走った。

 

 容赦のない膝蹴り。

 それが、全く鍛えられていない貧弱なお腹にめり込んだのだ。


「ぐえぇっ」

 

 情けないうめき声が口から洩れる。

 膝からくずおれる僕は朦朧とする意識の中で、柑奈の叫び声、そして「何やってんだっ」と遠くからやってくる数人の男達の声を聞いた。

 多分、意識を喪失したのはその直後だったと思う。

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