第二章 黄瀬さんがにっきゅにっきゅをしてくれるまでの経緯について

第18話 キャミLOVE


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 梅雨の中休みなのか、頭上は雲一つない蒼天が広がっている。

 緑の楽園をイメージしたフォレストランド。

 その遊園地の入口付近で、僕は空を見上げながら思わず「暑い」と呟いた。

 

 六月十七日、日曜日。

 今日は、柑奈と《強制的に約束を結ばされた》こともあって、仕方なくコスプレイベントの行われるフォレストランドにやってきていた。

 何度か、【どうしても外せない用事が急遽入ったので今日はごめんなさい】とLINEを送ろうかと思ったのだけど、嘘を吐くことへの罪悪感が尋常じゃなかったので、結局未遂で踏みとどまった。

 

 柑奈の悲しむ顔は見たくない。

 それが全てだったのだと思う。

 

 つまりだ。

 柑奈にさえ誘われなければ、僕は興味のないコスプレイベントには絶対に行かないわけで。

 だから、本日のコスプレイベントの運営が「あの有名なコスプレ撮影スタジオ《すぷれいやぁ》だよ」と柑奈に教えられたところで、僕は「ふーん」の一言だった。

 

 さて、その柑奈はまだだろうか。

 周囲には、開園時間の九時三十分からまだ十分程しか経っていないというのに、多くの客がいる。

 ざっと見てそのほとんどがコスプレイヤーとカメラマンのようで、本日コスプレイベントがあると知らなかったらしい一般客は、どうにも肩身が狭そうだった。

 

 コスプレと言えば、日本が世界に誇れるソフトパワー《マンガ・アニメ・ゲーム》のキャラクターを題材にするというのが鉄板だ。

 中には海外映画の登場人物や現実の有名人などを模倣する人もいるけれど、このコスプレイベントにはほとんどいない。

 おそらく大型イベントではないからだろう。

 

 とはいえ、遊園地などの中型イベントにしては賑わっている。

 遊園地自体の規模が大きく撮影にあつらえ向きの大広場があるのと、有名なコスプレ撮影スタジオが運営しているからなのかもしれない。

 柑奈はまだだろうかと振り向いたところで、「お待たせっ」と彼女に声を掛けられた。


「ああ、待った……」

 

 言葉に詰まった僕はといえば多分、彼女の姿を見て目が点になっていたと思う。

 要は、そのコスプレのレベルの高さに驚いたのだ。

 柑奈は《あやかしロワイヤル!》という格闘ゲームの妖狐キャラ、六宝仙イナリにそっくりだった。

 

 ツンと伸びた狐耳。

 太ももまでを露わにした赤と金のツートンカラーの着物。

 カラフルな浴衣下駄。

 あでやかな和傘という装いの六宝仙イナリ嬢に。


 それはまるで、《ゲームの中から出てきたみたい》という何のひねりもないセリフが、正に相応しいが如く。

 ところで生足を露出しすぎだろと思ったけど、よく見るとちゃんと肌色タイツを履いていた。

 当たり前である。


「……」


「……」


「って、何黙ってんの!? 感想あるでしょ、感想っ。この格好を見てのさ」


「え? ああ、うん。いいんじゃない」


「うっわ。感情こもってねー」


 呆れたといった感じの柑奈が肩をすくめて両手を広げる。

 六宝仙イナリはそんなアメリカンジェスチャーはしないぞと口にしようと思ったけど、柑奈のご機嫌ゲージを更に下げかねないので止めておく。

 悪いのは僕。

 なので、下降したそのゲージを上昇させることにした。


「ごめん。えっと、すごい似合ってて可愛いと思うよ」


「……」


「……」


「……」


「いや、何黙ってんだよ。普通に思っていることを普通に感情こめて言ったけど」


 ぼけっとした柑奈の表情が、復活の水を掛けられたかのようにぴくりと動く。

 すると両目を何度か瞬かせて、頬に朱色を乗せた。


「あ、ありがとう。……じ、じゃあさ、聞くけどさ、いい?」


「え? 何を」


 柑奈が突然ポーズを決める。

 それは、六宝仙イナリが対戦相手をノーダメージで倒したときのみ見せてくれる、妖艶且つ大胆な胸ちらポーズだった。

 

 周囲の視線が柑奈に寄せられる。

 にじり寄ってくる何人かのカメラ小僧、通称カメコが見えた。

 で、視線のやり場に困った僕に幼馴染が投げかけた問いがこれ。


「カンナと猫耳メイドのコスプレをした黄瀬とかいう人、どっちが可愛い?」


 なぜ、ここでまるちぃが出てくる。

 しかも、黄瀬とかいう人ってなんだ? 

 そこはかとなく悪意を感じるのだけど。

 てゆーか、


「まるちぃのあれはコスプレじゃないぞ。れっきとした仕事着だ。一緒にするなよな」


「はぁ? 一緒じゃんっ。別の自分になってそのキャラクターになりきるってところがさ」


「そこだけ切り取ればな。プロとしてのおもてなし精神を持つまるちぃと、趣味として愛好しているだけのレイヤーが同じわけがないんだって」


「だけとか、むっかー。大体、おもてなし精神だったら少なくともカンナは持ってるもん。身内撮りもしないし、できる限り認知カメコさんだって増やしているし」


 身内撮りやら認知カメコやらと、コスプレ界隈の専門用語を出してくる柑奈。

 確か、《レイヤーが知り合いのカメコにだけ写真と撮らせる行為》が身内撮りで、《野良カメコがレイヤーに認知されてワンランクアップ》したのが、認知カメコだったと記憶している。


 ちなみに、認知カメコの上が身内カメコで、その上のピラミッドの頂点にいるのが有名カメコらしい。

 どんな世界にもカーストというものが存在するようだ。


「あ、あの、キャミLOVE(ラブ)さんですよね? これ差し入れです。今日は暑いですからね、熱中症対策の塩飴です、良かったらっ」


 いきなり柑奈に話しかけてくる、三人のカメコのうちの一人。

 キャミLOVEとは柑奈のレイヤーネームだ。

 人生で初めてプレイした格闘ゲームのキャミという女性キャラが好きすぎて、そのレイヤーネームにしたらしい。


 そういえば、お菓子の差し入れはレイヤーに認知されるための常套手段だったはずだ。

 笑顔で受け取り、そこから数人のカメコと会話を始める柑奈。

 柑奈の態度に煩わしいと思わせるものは一切なくて、そこには飴をくれてありがとう、話しかけてくれてありがとうという感謝の念すら感じられる。

 アイドルコスプレイヤーと称されるだけのことはある、できた対応だ。

 

 なんとも誇らしい気持ちが僕の中に溢れた。

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