第14話 アニメグッズ店前にて


 我に返るように現実世界へと降り立つ僕は歩道の脇へと移動する。

 そこで本日インスタントカメラで撮った写真を取り出した。

 

 写っているのは僕と、顔の両脇ににくきゅーグローブを寄せるという定番のポーズのまるちぃ。

 でも今日は同じポーズをしている僕と若干向き合う形になっているので、写真から伝わる親密感がいつもの三十パーセント増しくらいだ。

 もちろん写真にはまるちぃによる、僕へのメッセージやハートやにくきゅーなどの絵が描かれているのだけど、そのメッセージが僕の顔をニヤけたものへと変容させる。


【2021・06・16 今日も楽しかったのラ。まるちぃ、ご主人様にもっと甘えてほしいのラ。なんちゃって、のラ】


 まるちぃの膝枕を想像した僕は、自分の出す甘ったるい『まるちぃのお膝とっても温かいよぉ。いい匂いもするぅ』という音声までを再生させたところで、我に返る。

 

 そんなことができるわけないし、メッセージを深読みしてはいけない。

 これからも宜しくお願いしますという意味で受け取っておけばいいのだ。

 なんちゃってとも書いてあるし。


 僕は写真をバッグにしまうと再び歩き出す。

 するとアニメグッズ店へと通じる裏通りが見えてくる。

 その裏通りを先に行ったところには秋葉原のメインストリートである中央通りがあり、僕は五月にその中央通りでまるちぃを見かけたことを思い出す。


 もしかしてまた歩いていて、店に入っていったりして。

 

 などと偶然の目撃を期待しては、あり得ないと即座に打ち消す僕。

 当たり前だけど、やっぱり中央通りを歩くまるちぃを見かけることなんかなくて。 だから、アニメグッズ店に用のない僕は裏通りを横目にしながら帰路へと就――


「えっ!?」


 裏通りにもあるアニメグッズ店の出入口から出てくる、まるちぃがいた。

 とはいえ今はもう勤務時間ではないので、膝上までの長さがある白いニットワンピースだったのだけど。


 つまり黄瀬さんモード。

 なぜか反射的に電柱の影に隠れてしまった僕は、覗き見るようにまるちぃの動向を注視する。


 アニメグッズ店から出てきたまるちぃはすぐに去っていくわけではなく、店を出たところにあるカプセルトイの販売機を見ていた。気になるものでもあるのだろうか。

 ピンクのリュックサックの背負いベルトを、両手でぎゅっと握っている姿はとても愛らしくて、背が低いこともあってか中学生に見えなくもない。


 そのとき、アニメグッズ店から二人の男性が出てくる。

 年齢は二十歳前後だろうか。

 あまりファッションには頓着しないのか、オシャレな人間から見れば多分残念なコーディネイトのその二人は、雰囲気的にガチオタではなくゆるオタ系といった感じ。

 まあ、普通にアニメグッズ店にいそうなタイプだ。

 なのに何か妙だと思ったのは、誰かを探すように店から出てきたからだ。


  二人の男性が同時にまるちぃに視線を向ける。

 すると彼女が探していた人物なのか、二人の男性は示し合わせるように頷くとまるちぃの両脇に立った。

 まるで、ナンパでもするかのように。


 はっとしたように振り向くまるちぃ。

 その顔には驚きと警戒感が如実に現れていた。

 二人の男性が何を話しているのかは分からないけれど、まるちぃが不快感を覚えているのは間違いない。


 やはりナンパなのだろう。

 しかしアニメグッズ店に出入りする人間に、ナンパなど大それたことをする強者がいるとは思わなかった。

 

 渋谷のスクランブル交差点でナンパするDQNなら分かるけど、お前らオタクだろ。何やってんだよ、こんなところで。


 胸に抱く憤りは、ナンパもできるオタクへの嫉妬から――ではなく、嫌がるまるちぃを強引に引き留めているその愚行からだ。


 僕は自然と、それでいて咄嗟に行動へと出ていた。

 我ながらいいアイデアではないかと自賛しつつ。

 

「あ、そこにいたんですか。黄瀬さん、店長が呼んでます。なんか大事な話があるみたいですっ」


 僕はまるちぃの元に走り寄りながら声を上げる。

 なんだ? とこちらを見向く二人のナンパ野郎。

 でも僕はその訝しむような視線を無視して、ひたすらまるちぃからだけの目線を受け止める。

 もちろんその両目にも怪訝なものが浮かんでいたけれど、僕は強引に事を進める。


「良かった、まだ近くにいて。店長がすごい剣幕で怒ってるんで早く行きましょうっ」


「え? 店長って《にくきゅーフレンズ》の、ですか?」


「そーですよっ! 大至急行かないと大変なことになっちゃうんで早く行きましょうっ!」


 僕は、二人組のユルオタ系が呆気に取られている間にまるちぃの手を取ると、踵を返して走り出す。

 幸いにもまるちぃは手を振りほどくこともなく、僕のプラン通りに付いてきてくれた。

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