第5話 爆乳ヒロインの部屋で


「あり得ないだろ。推しメイドがとなりに引っ越してきたとか。妄想乙」


 午後、僕は伸之の家へとやってきていた。

 アニメの全話視聴会と称して、元々会う約束をしていたのだ。

 伸之がドアを開けて、僕が開口一番に朝の出会いの件を口にした返しがこれだった。


「妄想じゃないってっ。現実に僕の部屋のとなりにまるちぃが引っ越してきたんだよ、今日の朝っ。今、伸之言ったよな? 推しメイドだって。そうだよ、僕の推しメイドなんだよっ。僕がその推しメイドであるまるちぃの顔を見間違えるはずがないだろっ。そ、そうだっ、キセって言ってた。まるちぃの苗字はキセなんだっ。そのキセさんはまるちぃなんだよっ!」


「いや、いっちゃん興奮し過ぎ。閑静な住宅街でそれは騒音レベル。とりま、その話は俺とソルティたんの部屋へ行ってからだな」


「あ、ご、ごめん。分かった」


 僕は信之の部屋がある二階へと向かった。

 部屋に入るなり、向かい側の壁に貼られたソルティ・М・シフォンサンドの等身大ポスターが僕を出迎える。

 

ソルティ・М・シフォンサンドとは、とある異世界転生アニメの爆乳ヒロインだ。

そんな爆乳ヒロインがビキニ着用で煽情的なポーズを決めて、僕に艶めかしい視線を送っている。

 等身大ということもあり、とんでもない破壊力であるのは間違いない。


「ソルティたん、マジ天使だよ。ああ、俺の嫁ぇっ!」


 伸之がポスターを見ながら長細い抱き枕を抱きしめる。

 売っていないのかそれは普通の抱き枕であり、ソルティは描かれていなかった。

 しかし、その他のフィギュアなどのソルティグッズは豊富であり、よくもまあこんなに集めたものだと僕は感心する。


「もうそろそろ柑奈が来れないレベルに達しそうだな」


「柑奈氏は大丈夫だろ。理解があるからな。でもそうだな。卑猥度をもうちっと上げて柑奈氏の照れる姿も見てみたいかも」


「柑奈をそういう対象にするなよ。お前は二次元専門だろ。それでさっきの話だけど――」

 

 それから僕は三〇五号室に引っ越してきたまるちぃについて、再び伸之に話をした。

 さきほど僕が熱っぽくしゃべったこともあり、伸之は疑うこともなくその話を事実として受け入れてくれた。


「でもなぁ……」

 

 受け入れたものの懸念事項が残るのか、伸之が腕を組んでそう呟く。

 今気づいたのだけど、天井にもソルティの等身大ポスターが貼ってあった。

 ちなみにこっちはパジャマ姿だった。


「なんだよ? 何か気になるのか」


「いやね、その女の子がまるちぃだとしたら、なんでいっちゃんを見てなんの反応も

示さなかったのかなと。何? まるちぃってダウナー系の無感情キャラなん?」


「そんなキャラじゃないよ。ちゃんと笑顔も出ているし。僅かにだったけど。……でもやっぱりそこだよな。あのとき気づいた僕は思いっきり顔に出たけど、彼女はまるで初対面のようだった。何度もまるちぃの接客で《にくきゅー萌えにゃんセット》頼んでいるのに……。僕の顔を見ながら笑顔で、にっきゅ、にっきゅって言ってくれてるのに……」


「それはご愁傷様ですとしか」


「どういう意味だよっ。まるちぃにとって僕なんかは、顔を覚えるまでもないモブキャラ金づるクソオタクだって言いたいのかよ」


「そこまで言わんけど、まあそんな感じ?」


 僕はショックで声を失う。

 もちろん、伸之の言ったことが合っているとは断定できないけれど、そうなのではないかとどこかで思っていたから。


「は、はは、奇跡を知ったと思ったらこれかよ。所詮僕は物語の主役になんてなれやしないんだ。一生を、陽の光を浴びることのない日陰者の童貞クソオタクで終わるんだ……」


「オタクが自己卑下したらゲームオーバーだろ。とりま、柑奈氏いるし童貞のほうはどうにかなるんじゃね」


「は!? お、お前何言ってんだよっ。なんでそーゆー話の流れになるんだよっ。幼馴染の柑奈に対して僕はそういった感情は抱いていないし、柑奈だってそうに決まってるっ。――って、ここでいきなりあいつを出すなよ」


「いっちゃんさ」


 伸之が呆れたような顔をして僕を見ている。

 まるで、「何言ってんの?」という文字が書かれているような表情でもあった。


「なんだよ?」


「オタクのくせしてギャルゲーの主人公属性持ちとか、ちょっと草生える」


「は……?」


 アニメを観終わったとき、時刻は十八時を過ぎていた。

 全話視聴会は正直疲れるけど、一話事に現実に引き戻されることがないので充足感が半端ではない。

 曲がりなりにもアニメ好きを自負しているのならばと始めた全話視聴会だったけど、これはずっと続けていきたいと思う僕だった。

 できればホームシアターシステムのある伸之の部屋で。




「いっちゃん」


 辞去して門扉を出たところで、二階の窓からその伸之に話しかけられた。


「何?」


「えーとさ。その……いっちゃん、物語の主役になんてなれないって言ってたじゃん?」


「ああ、それがどうしたんだよ」


「もしかしてそれは違うかなって思ってさ。ズッ友の勘ってやつ? じゃまた明日」


 僕の反応も待たずに窓を閉める伸之。

 まるちぃにモブキャラ扱いされて落ち込んでいた僕を、気に掛けてのことなのだろう。


「ふん、ピザデブのチーズ臭い勘なんて当てになるかよ。……ありがとうな、伸之」


 僕は今度こそ帰路へと着いた。

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