あんたって人は!
正直、男として全く意識されていない気がする。
暖簾に腕押しとはまさにこの事。
夜の飲み屋街、千鳥足の彼女に置いて行かれそうになりながら、苦笑を浮かべた。
「やまらきさ~ん! 次どこいきますか~!」
嫌な予感はしていたが、完全に酔っぱらっている。普段ここまで酔う事がない彼女がこんな姿を見せるのは珍しい。仕事で良い事があったらしく、上機嫌だったのが良くも悪くも酒を進ませてしまったのだ。
あれだけ日本酒の後にカクテルを飲み過ぎるなと言ったのに……。
二軒目のバーで「山崎さんみたいにジンを使ったものが飲みたいです! う~ん、ギムレット、とか?」と言い出した時は思わず止めてしまった。
度数が高い! それにそのカクテルは……。いや、考えないでおこう。
彼女は呂律が回らない様子で、ふらふらと歩いてはこちらににぶつかってくる。
「おい」
危ない、と腕を掴んで引き寄せると「もお~大丈夫ですってば!」と肩をバシバシ叩いて先に進んでいく。
「もう遅い。そろそろ帰った方がいいんじゃないか」
「え~、明日休みらし、だいじょーぶですよ!」
そんな清々しい笑顔で言われても、何の説得力も無いからな。
普段はキリッとしていてしっかりしたイメージなのに、たまに酔っぱらうと子供みたいになるんだよな。
正直、そのギャップにかなりやられている自分がいるのだが。
これ以上酔いが回ると伝説の名刺配りが再び始まってしまうので、とりあえず近くのコンビニに誘導した。
「めちゃくちゃ美味い酒、飲ませてやるから」
「え?! 何ですか、やった~!」
「待ってろ」
ペットボトルの水を買ってきて、蓋を開けてやる。それが水とも知らず、「こんなお酒あるんれすねえ!!」と上機嫌。
「ん……、すごい! まるでお水みたいにゴクゴク飲めます!」
そりゃ水だからな……。
「美味いか?」
「山崎さんも一口どうですか?」
そんな無邪気な顔で差し出すな。三十路の独身男に。
ちょうどタクシーが向こうに見えたので、手を上げる。
「今日はもう解散だ。タクシー呼んだから帰るぞ」
「え?! 山崎さんも家に来てくれるんですか! 家飲みします?!」
「あほかっ!!」しまった。思わず声に出てしまった。
彼女は途端に眉を下げてしおれた花のように俯いてしまう。
「あ、悪い、今のは……」
「わがまま言ってすみません……。だって山崎さんと居ると、楽しくてずっと飲んでいたくて……」
潤んだ瞳で上目遣いされて、彼女の後ろにあるコンビニの照明に目を逸らした。
そんな可愛い事を言われると、酔っていると知っていてもその気になるからやめてくれ!
「ほら、タクシー来たぞ」
タクシーの後部座席に押し込もうとして、ふわり、と微笑みを返された。
その表情が先ほどとうって変わって大人の女性らしく、心臓が脈打つ。
「山崎さんて、いつも文句いいながら、なんだかんだ優しいですよね」
「あ……」
「なんかうちのお母さんみたい!! ふふっ」
お父さんでもなく、お母さんと来たか。そうですか。
警戒されていないだけ良いけど、なかなかのストレートを食らったぞ。
家に帰る後ろ姿を見送りながら、まだまだ先は長いな、と遠い目になった。
まあ、しばらくはこのままで良いか。彼女が楽しければ、それでいい。
梅雨が始まりそうな、湿ったアスファルトの匂いを感じる。
先輩の夢は、徐々に見なくなっていた。
小さいけれども花開きそうな蕾が、心の中にあるからだ。
***
翌日。メッセージアプリに通知が届いた。差出人は「玲さん」
『すみません。昨日の記憶が全くありません。何か変な事言ったりしてませんでしたか? 本当にご迷惑をおかけして申し訳ございません……』
まだ俺だったから良かったものの、他の男にやるなよ。と思う。本当に危なっかしい。そんな気持ちを抑えながら、キーボードに指を走らせた。
『名刺配ってたわ』
『嘘だ~~~!!』泣いているキャラクターのスタンプ。
画面の向こう側でどんな表情をしているか、容易に想像がついて、思わず笑みが漏れた。
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