◆3-3
(疲れたな……)
久保田を駅まで送り届けた帰り、気が付くと六花がある方向へ足が進んでいた。
こんな時は美味い酒で疲れを上書きしたい。と同時に、グラス片手に満面の笑みを浮かべる玲の姿が脳裏に浮かんだ。
今日はいるだろうか……。一抹の希望を抱え、居酒屋のキャッチをかわしていると、目の前にいきなりスーツの後ろ姿が飛び込んできた。
「……っと」
ぶつかりそうになり、無意識に一歩引いた。すると支えるものが無くなったスーツ姿の男はふらふらと街路樹の方へ向かっていく。
(危ないな……)
なるべく酔っ払いには関わりたくないと思いつつも、その後ろ姿に見覚えがあって思わず名前を呼んでいた。
「岡部……?!」
危なっかしい足取りの人物は、名前を呼ばれ、ぴくりと肩を震わせる。
三白眼にそばかす交じりの頬。どこか猫を思わせる瞳が、山崎の姿をとらえて大きく見開かれた。
***
(くそっ、なんでこんなことに……)
左手で鍵を取り出し、キーを回す。倒れ込むようにして、山崎は岡部を自宅の玄関に下した。
泥酔している岡部は、そのまま力なく倒れかける。なんとか壁に背をもたれかけて、山崎は二人分の鞄を置いた。
せっかくの楽しみがお預けになり、内心溜息をつく。一人で飲んでいたのか、ひどく酔っぱらっていたらしい岡部は、山崎と目が合うなり背を向けて走り出そうとした。
しかしいきなり立ち上がったことで酔いが回った体が付いていけず、そのままダウンしてしまったのだ。
「おい、しっかりしろ」
「ん……」
吐く息はかなり酒臭い。とりあえず冷蔵庫にあったミネラルウォーターを持たせると、自力で飲み始めた。どうやら意識はあるようだ。だが、この状態で帰すのも、心もとない。
北海道から持ってきた荷物は必要最低限だ。客用の布団はないから、最悪岡部をベッドに寝かせ、自分はソファで寝るか……。山崎が考え始めていると、岡部は少しずつ調子が戻ったのか、すくっと立ち上がった。
「すみません、おれかえります」
「おい、無理は……」
一歩踏み出した所で、壁に向かって盛大に頭からぶつかっていった。
(言わんこっちゃねえ……)
山崎は頭を抱えた。
「今日は俺の所に泊まっていけ。いいな」
「……や、です」
「ん?」
岡部は玄関にしゃがみこんだ姿勢のまま、赤くなった目で山崎を睨みつけている。
「おれ、は……、主任のそういう所がっ、嫌いです……!」
呂律が回らずとぎれとぎれに繰り出される言葉に、山崎は天を仰いだ。
昔から友達は多い方じゃない。仕事ではなるべく親切に、にこやかに接しているものの、昔からぶっきらぼうで口下手。女性には「なんか思ってたのと違う」と振られる始末。
それでも、気にかけている後輩に嫌われるというのは、なかなか堪えるものだ。
「仕事ができて、周りからも人気があって、嫌な事があってもニコニコして気持ち悪いくらい完璧人間だし……」
それはあんた達の上に立つ者の仮面を被っているからだ。でかかった言葉を心の中に留めておく。
いくら仕事ができたって、愛した女性一人胸の内に収めることができない。外面だけ取り繕っただけの、恰好悪い大人だ。
とはいえ、酔っ払い相手に問いただしても無駄だ。岡部が気持ちを吐き出すのを待つしかないだろう。
「俺は、どんだけ頑張っても営業向いてないって思い知らされるし、貴方を見ていると腹が立って仕方ないんです……!」
岡部はスーツが汚れるのも構わず玄関に座りこむと、握りこぶしを床に下した。
「辞めたいって何度も思ったけど、逃げてるみたいで悔しくて……」
目の前の岡部が、昔の自分に重なる。気持ちは痛いほどわかる。ここで余計に口を出しても水を差すだけだろうと思い、しゃがみこんで岡部に視線を合わせた。
岡部は唇を噛みしめると、悔しそうににぎった拳を睨む。
「主任みたいな人の方が、絶対お似合いだってわかってますよ……! 俺なんて底辺だし」
徐々に眉間に皺が寄っていく。
岡部は一体何の話をしているんだ……?
酔っぱらって徐々に支離滅裂になっているだけだろうか。
「くそ……、よりによって主任にこんな所見られるし、挙句の果てには世話になるし!」
「おい……(心の声が駄々漏れだぞ)」
山崎が戸惑いを露わにして止めるが、岡部はついに声を荒げて立ち上がった。
「わかってますよ、久保田が主任とお似合いな事くらい!!」
「はあ?!」
山崎が素っ頓狂な声を上げるのと同時に、岡部はその場でうずくまった。
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