13-5


 千田達とのご飯も入れると三軒目。バーを出る頃には人通りもまばらになりつつあった。

 次の日は二人とも休みだったが、時間を見るにそろそろお開きだろう。山崎が腕時計を見て「もうこんな時間か」とつぶやく。

 しばし無言の時間が流れた。帰るのが惜しい。玲に歩く速度を合わせた山崎の肩が、すぐ隣に見える。


 「私、最近わかった気がするんですけど」

 隣を見上げながら、控えめに呟く。

 「何?」

 「山崎さんって、酔うと結構笑いますよね。笑い下戸ですか?」

 「は?!」

 突拍子もない事を言われ、山崎は立ち止まる。


 「そんなに笑ってばっかいないだろ」

 「この前のカラオケとか、ずっとニコニコしてましたよね」

 玲にずばり言い当てられて、逃げ場をなくす。確かに、あの日山崎は終始頬が緩むのを感じていた。

 「それは……」

 語尾が小さくなっていく山崎に、玲は哀れみの目線を送った。

 「酔うと、その人が抑えている本性が明らかになるらしいですね。山崎さん、普段仏頂面……、いえ、苦労しているから酔うと笑いたくなるんですよ」

 「んなっ……」


 山崎が何も言い返せずにいると、玲は悪戯っぽい笑みを浮かべて山崎の前に回った。さっきまでの茶化すような言い方から、徐々に真剣な声色に変わる。熱を帯びた瞳は、まっすぐ山崎だけを収めている。


 「私、もっと山崎さんの事、知りたいです。仕事で大変な思いをしてることとか……」

 「……」

 「昔、終わった、とか言ってた好きな人の事とか……」


 以前バルで山崎が投げやりに言った「好きな人ならいた」という言葉。それは玲の心の中にずっと残っていたのだ。

 これ以上突っ込むな。理性が警鐘を鳴らす。攻め過ぎるな、玲。先生にも忠告されたのに。

 理性に反して想いは次々と言葉となり、溢れていく。

 千田が勇気を出したように、自分も。


 「だから……山崎さんとお酒抜きで話したいんです。来週の花火大会、行きませんか?」

 そして、念のため付け足す。

 「ふ、二人で……」


 かなり無理にねじこんだ。自分でも、そう思った。頬が急に熱くなる。

 反省なら後からいくらでもする。でも、今の勢いで言わなければ、タイミングを逃してしまいそうで。

 (先生、私は言う事を聞けない劣等生です……)

 ずっと山崎の顔を見ているのが辛くて、思わず下を向いた。


 「わ、悪い……」

 「ですよね! すみません急に……」

 ばつの悪そうな返答に、被せるように慌てて明るい声を作った。千田の誘いを断った手前、彼には申し訳ないが、その日は大人しく家にいよう。次々と、用意していたプランに思考回路を切り替える。


 「大丈夫です! ダメ元でしたから」

 「いや……、今からなら、ぎりぎり間に合うかもしれない……」

 「全然、無理しなくても大丈夫ですよ?」


 見上げると、申し訳なさそうな表情の山崎と目が合う。


 「研修で一旦北海道に帰る事になったんだよ。花火大会の日には、なんとか間に合わせる」

 「本当ですか?」

 「なるべく早い便で帰れるように手配するわ」


 スマホでスケジュールを確認する山崎に、思わず飛びつきそうになる。これは流石に抑えた。


 「やった!」

 「誕生日プレゼント、大したもん準備できなかったからな」

 「そういう事だったんですか?! 気にしなくていいし、もう十分もらいましたけど! バーだってご馳走になったし……」

 「まあいつもこっちが連れ回してるからな」

 「じゃあ今度は私が連れ回します!」

 「はいはい」


 二人、他愛もない話に花を咲かせながら帰る夜道。

 来る約束の日に、今から胸が躍る玲だった。


 

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