13-4


 「山崎さんは誕生日っていつですか?」

 二軒目の希望を聞かれて、「山崎さんの行きつけがいいです」と言って連れてこられたのは、玲と山崎が初めて一緒に飲んだ例のバーだった。

 懐かしさとあの夜の罪悪感で、低アルコールのカクテルを少しずつ口に含んだ後、ふと山崎に問いかけた。

 

 「俺は……」

 「あ、待ってください。当てます」

 「よし、当ててみろ」


 山崎はグラス片手に、試すように笑う。


 「う~ん……。夏っぽくはないんですよね。もうちょっと落ち着いてて……冬!」

 「惜しい」

 

 あれこれ候補を浮かべながら、また一口。

 グラスに満たされた琥珀色のカクテル、ダージリンクーラーはその名の通り、紅茶のリキュールを使った甘さ控えめで爽やかなカクテルだ。甘酸っぱくて、紅茶の上品な香りがする。少しだけ夏の終わりを感じさせた。


 「二月!」

 「遠いな」

 「ん~九月?」

 「少し近くなった」


 言葉を交わすごとに、少しずつグラスに満たされたカクテルも減ってゆく。まるで砂時計だ。

 このまま、ずっと時間が経たなければいいと思う。


 「ふふ」

 「どうした。酔ったか?」

 山崎がチェイサーを頼もうとするのを止める。

 「いえ、私たち……、今までこんなに二人で飲んできたのに、お互いの事何にも知らなかったんだなって思って」

 玲が小さく笑い声を漏らす。山崎も少し困ったように笑いながら「だな」と返した。


 「玲さんといえば、酒かつまみか店の新規開拓の話ばっかりだもんな」

 「それは山崎さんだって一緒じゃないですか」

 「ま、まあ……」


 珍しく言葉を濁した山崎を、玲は目を丸くして見つめる。

 照れ隠しなのか、いつものようにぶっきらぼうに「で、さっきのでファイナルアンサーなの?」と先程の答えを急かした。


 「九月で少し近くて二月で遠い……もしかして秋ですか?」

 「まあ当たらずとも遠からず。俺の地元じゃあ、とっくに冬かな」

 「じゃあ、十一月ですか?」


 答えは、山崎の表情ですぐにわかった。


 「当たり……ですか?」

 「うん。十一月十八日」

 十一月十八日。山崎の誕生日を忘れないように、バッグから手帳を取り出す。山崎は、一生懸命小さなマスに書き込む玲のつむじを、なんとなしに見ていた。


 「プレゼント何が欲しいですか?」

 「いいよ、全然。いつも通り飯に行って美味い酒を一緒に飲めれば、それで」

 「一緒に」という言葉に、内心喜んでしまった。そういう意味でない事はわかっているけれども。

 「六花で先生とかも呼んでいつも通りわいわい飲みますか~」


 本当は、今みたいに二人だけで。なんて、言いかけたが、流石に恥ずかしさが勝って心の底に閉じ込めた。

 そんな気持ちを隠すようにあえて明るく振る舞う。


 「もちろん六花にはお世話になってるからな、色々と」

 「なんか含みがあるのは気のせいですか……?」

 

 山崎は二杯目のグラスに口を付ける。少しだけいつもより酔っているのか、表情が柔らかい気がした。


 「俺は玲さんと飲めるなら、どこだって楽しい」

 「え?!」


 ふわりと笑いながらそう紡がれた言葉は、玲の心拍数を急加速させた。

 震える指先をごまかすように、テーブルの下に置く。 


 「それって……」

 「まあ、見てて飽きないからな」

 「ですよね」


 玲がわざとらしくがっくりと肩を落とすと、山崎は「そういう所とか」と笑った。



 

 

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