13-3


 「こんばんは」

 「山崎さん」


 静かに引き戸を開ける音。山崎だ。

 玲は思わず振り返る。


 「悪い、仕事がちょっと長引いた」

 「いえいえ、お疲れ様です」


 玲は隣の椅子を引いて山崎を座らせた。山崎は軽く礼を言って「すみません、生一つお願いします」と雪子に頼む。すっかり恒例の流れだ。

 ただ、一瞬だけ、雪子と山崎の間で視線が交わされた事に、玲は気づいていなかったが。


 「改めて、誕生日おめでとうございました」

 「いえいえ、わざわざありがとうございます」


 店に他に客はいないので、雪子も交えて三人で乾杯だ。三つのグラスがぶつかる。

 玲があらかじめオーダーしておいた料理が出来上がり、山崎も落ち着いた頃。

 

 突然、店の電気が消えた。

 玲は手にしていたグラスを置いて、左右を見渡す。


 「うえっ!? ふ、二人共大丈夫ですか?! 停電!?」

 咄嗟の事で驚きつつも、玲は状況を把握しようと暗闇の中目を凝らして辺りを見回す。

 「雪子さん、ブレーカーどこですか?!」


 暗闇に目が慣れず、グラスを倒さないよう手探りで立ち上がろうとした時、偶然山崎の肩に触れた。

 雪子も山崎も何も言わない。二人共びっくりしているのか、と思った時、山崎の肩が震えていることに気が付いた。


 「く、玲さんっ……!」

 「ふふっ……」


 電気が元通りになる。まぶしくて一瞬目を閉じたが、立ち上がっているのは玲だけで、雪子も山崎も電気が消える前と同じ様子で笑いをこらえていた。

 山崎は口元に手を当て、くつくつと悪戯が成功した子どものように面白そうに笑っている。


 「ごめんなさい山崎さん。玲ちゃんの反応があんまり面白くて着けちゃった、電気」

 「いえ、大丈夫です。ご協力ありがとうございました」

 状況が飲み込めず、玲が眉を寄せていると。


 「玲さん、こっち」

 山崎が奥のテーブル席に玲を手招きした。

 すると、いつの間にセットしたのか、真っ白な箱がちょこんとテーブルに乗っているではないか。


 「ケーキ?!」

 「そ。山崎さんからサプライズよ~」

 「え、いつの間に!? ありがとうございます……!」


 中を開けば宝石箱のように、色とりどりのトッピングが施された小さなケーキがすまし顔で並んでいる。ふわり、洋酒が染み込んだスポンジの華やかな香りが鼻腔をくすぐる。


 「どうぞ、雪子さんも召し上がって下さい」

 「あら、いいの~?」


 玲が選んだのは、ごろっといちごが入ったゼリーが乗ったレアチーズケーキ。山崎はシンプルだけど高級感があるガトーショコラ、雪子は旬の果物をふんだんに使ったフルーツケーキだ。


 「ろうそく、立てた方が良かったか?」

 「いえ、遠慮しておきます……!」


 山崎にからかわれ、玲はスパークリング日本酒を片手に即答する。アラサーに片足を突っ込んだこの歳では流石に抵抗がある。

 山崎は「甘いものが合う」と言って、珍しくウイスキーのロックを少しずつ飲んでいる。

 「あ、そうだ。記念に写真とってあげる。二人共こっち見て~」

 「え?!」


 気が付くと雪子がいそいそとスマートフォンを取り出してこちらに向けている。

 スマホに隠れた雪子の表情は良く見えないが、なんとなくこちらを面白がっている節がある。

 

 「ゆ、雪子さんも入って下さいよ!」

 「え~どうしよっかな~」

 

 いつもはなんでも快く引き受けてくれる雪子が渋った。

 

 (絶対面白がってるし……!)


 結局玲のゴリ押しで、しぶしぶ雪子も入った三人でケーキを入れた記念写真が撮られた。


――――――――――

※六花は事前に相談があれば持ち込み可能です。

 

 

 

 

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