13-2
「来週の花火大会……、良ければ行きませんか? 僕と……」
「あ……」
玲の脳裏に、六花の壁に貼ってあった大きなポスターが浮かぶ。
この日に山崎に想いを伝えるのだと、意気込んだはいいものの鍋島に窘められた事を思い出す。とはいえ、まだ山崎に声すらかけていなかったのだが。
千田は玲が一瞬戸惑った表情を見せたのに気がついて、慌てて付け足した。
「あ、あの! 二人とかではなくて、その、石本さんとか紬とかみんな一緒にです!」
「あ、えと……、せっかく誘ってもらって申し訳ないけど、その日は……」
「あ、いえ! 大丈夫です! か、彼氏さんとかいらっしゃったら、すみません!」
「いや、彼氏ではないんだけどね……」
「す、すみません……」
しばし二人の間に沈黙が流れた。車が大通りを行き交う音だけが絶え間なく流れる。
「あ、その代わり千田さんの言う事なんでも一つ聞くよ」
「え?」
「千田さんには、いつもお世話になってるし……?」
先に言葉を発したのは玲。苦し紛れの提案は、言ってしまってから幼稚だったと気付く。千田は戸惑いを露わにしてこちらを見ている。
「あ、いや、やっぱなしで……」
「なんでも……、なんですね?」
千田は無垢な瞳を玲に向けた。最近この顔に弱くなっている気がする。
控えめにうなずくと。
「玲さん」
「へ?」
「玲さんって、呼んでもいいですか?」
千田は眉を八の字に下げて、こちらを伺うように言った。
まさかいきなり下の名前で呼ばれると思わなかった玲は、千田の発言に思わず心臓がどきりと鳴るのがわかった。
「以前、彩さんという方を尊敬してらっしゃるって、言ってましたよね。それの真似事みたいなっちゃいますが、吉井さんを尊敬しているので……」
そう言われると、断れるわけもなく。
「いいよ」
「え、へへ! ありがとうございます!」
じゃあ、ここで! と千田はぺこりと頭を下げると「玲さん、お気をつけて!」と元気に手を振って帰っていった。
千田の笑顔につられて、玲も手を振り返した。
***
「なにその純情ボーイ。今度連れてきなさいよ」
「彼は鍋島さん耐性弱そうなので、遠慮します」
六花で千田の話をすれば、すかさず鍋島が食いつくように肩をぐいぐい寄せてくる。
「ちぇ、玲ちゃんったらモテるくせにケチなんだから。雪子さんお勘定おねが~い」
〆に裏メニューの梅昆布茶をずず、と飲み干した鍋島は湯呑を置いてあっさり離れて行った。
「この後山崎さんに会うんでしょ? あ~あ、明日早いから見れないのザンネン」
「はいはい。あ、鍋島さんのスカーフ、バッグにつけて持っていきますから!」
「勝負パンツならぬ、勝負スカーフってわけ? なんかエッチ~」
「鍋島さんおつり忘れないでね~」
カウンター席で一人になった玲は、山崎を待つ。心なしか、いつもより酒のペースが早くなってしまう。
人を待つのは、得意じゃない。その間何も手につかなくなるから。
すっかり汗だくになったグラスの水滴がつ、と流れていく。
玲はそれを指先で追う。その時、後ろで引き戸が開く音がした。
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