13杯目 サプライズは甘い宝石箱

13-1


 「ゆづさんさいこう~! 大好きです!」

 「ふふ、かわいいやつめ」


 異色のメンバーで晩御飯を食べた後、店を出た紬はすっかり石本に懐いていた。

 「石本さん、ゆづはさんっていうんですか! 名前かわいい~!」と目をきらきらさせた紬は、石本の事を「ゆづさん」と呼び始めた。兄と違い、持ち前の人懐っこさで初対面の石本と打ち解けてしまったのだった。

 石本は子犬のようにしっぽを振ってついてくる紬に温かい眼差しを向けている。


 初対面の石本と紬であったが、まさかの互いにアイドルが好きという共通点で意気投合。その盛り上がり様に千田と玲はすっかりおいてけぼりになっていた。


***


 『あれ、紬ちゃん。そのスマホケースって「エグゼ」の……』

 『あ、わかります? 推しなんですよお~』


 石本の視線の先には、ラメがはいったスマホのクリアケース。紬のものだ。

 ケースの中には、眉目秀麗な若い男性アイドルの写真が挟んであった。


 『エグゼの中なら、私はアランが好き』

 『わかります~アランかわいいですよねえ!』


 『千田さん、わかる……?』

 『いえ、さっぱり……』

 玲と千田は互いに顔を見て、苦笑を浮かべた。


***


 「じゃ、おにい。これからゆづさんの家でオタ会するから」

 「はいはい、迷惑かけるなよ。石本さん、紬をよろしくお願いします」


 紬は「みなさん、今日はわざわざ私のためにありがとうございましたっ!」と勢いよく頭を下げた。顔を上げた時にふわりと癖のある髪が顔にかかり、石本がさりげなく直してあげている。

 この後は石本の家でライブ映像の鑑賞会をするらしく、帰り道は石本と紬、玲と千田に分かれた。


 「じゃあ、うちらも行きますか」

 「はい」


 千田はこのまま歩いて帰るというので、玲も六花に向かうまで一緒に歩く。

 夏の盛りを過ぎたとはいえ、じっとりと湿った夜風が街中を通り抜けていく。千田は綿のハンカチでぱたぱたと顔を仰ぎながら、日焼けを知らない白い頬を赤く染めている。


 「はあ、なんか嵐が過ぎ去った気分……」

 「石本さん、紬に懐かれてましたね」

 玲が苦笑交じりに言えば、千田はふふ、と笑みをこぼす。


 「僕たち兄妹って、似てないですよね。時々紬のコミュニケーション能力が羨ましく思えます」

 ハンカチで額をふいて、千田は自嘲気味にそう話した。怖い者知らずの紬と、臆病で内気な千田。血がつながっているとはいえ、まるで正反対だ。

 千田にとって妹のように臆せず人と触れ合えない所がコンプレックスになっているようだ。


 「千田さんには千田さんの良い所があるでしょ」

 「そうでしょうか」

 「周りをよく見れるし、仕事は丁寧だし、誠実だし……」

 「あ、わわ……、それ以上は恥ずかしいので、大丈夫です。ありがとうございます……」

 玲が指を折りながら千田の長所を連ねれば、千田を慌ただしく手を振りながらそれを止めた。


 「あの、吉井さん、お願いがあるんですが……」

 千田が立ち止まる。街灯に照らされて、長いまつげに縁取られた色素の薄い瞳が、こちらを見ている。

 「どうしたの、急に」

 あまりにその表情が真剣だったので、玲は思わず構える。


 「あの……」

 千田は胸元でハンカチを握りしめる。手の震えを抑えるように、もう片方の手で覆っている。柔らかそうな癖毛が、一房おでこに張り付いていた。

 

 

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