チェイサー~水面下の攻防戦~
※10杯目~11杯目くらいの話です。
――――――――――――――――――――――――
「あら、明日は玲ちゃんの誕生日ね」
ピークが落ち着いた六花のカウンターの向こう側、雪子が壁掛けのカレンダーを見てつぶやく。
カウンターで一人ハイボールを飲んでいた山崎は、雪子の視線を感じて顔を上げた。水仕事をしているとは思えない、白魚のような手を口元に当て、雪子がふわりと微笑んだ。
「山崎さんは、何かプレゼントするの?」
「ん、そうですね……」
時々雪子は何か含みのあるような物言いをするので、山崎は思わず身構えた。もちろん、プレゼントするわよね? という無言の圧力を感じる。
山崎はそう問いかけられ、たじろぐ。なんせ誕生日なんて、今初めて知ったのだ。
二人で定期的に飲みに出かける程、玲とはある程度親しい間柄だと認識している。しかし、一緒にいる時の話題と言えば専ら酒やそれに合うつまみ、新しくできた店の話である。全く色気のない話題ばかりで、お互いのプロフィールに踏み入った話はしてこなかった。というか、山崎がそこまで踏み込めなかったのだ。
「物とか残るものだと困るだろうし、食事に誘おうかと考えていました」
流石に「今知りました」なんて言えない。あたかも前から計画していたような口ぶりで回避する。
「いいわね。う~ん、たまにはちょっと良いお店とかどう? 向こうの通りにできたフレンチとか……」
(く……、試されている!)
さりげなく手元にスマートフォンを引き寄せ、店名を検索する。
最近出来たばかりとはいえ、口コミは軒並み高評価で、予約をとるのも困難な人気店だ。確かに誕生日祝いで、こんな店をスマートに手配できたら女性は喜ぶだろう。
しかし……。
「いきなり飲み仲間の独身男からあんな良い店にエスコートされたら、玲さんも身構えますよ」
下手したら引かれる可能性だってある。今まで居酒屋で飲んでいた相手がいきなり高級フレンチに連れて行ったら、自分の事を狙っていると思って警戒してしまうかもしれない。
山崎はそう危惧していたが、雪子からすれば出会って間もない玲をデートに誘っているのだから今更という話である。もちろんそれを表に出すことは無い。
「山崎さんみたいな人に誘われたら、嫌な気はしないと思うけどね」
「はは……、まあ本人が行きたい所を第一に考えてみます」
雪子はそれ以上詮索することはせず、食器やテーブルを片づけ始めた。
***
「どう、山崎さんは」
「う~ん、上手くかわされたわ」
数日後、鍋島と雪子は山崎と玲についてあれこれ話していた。
「手ごわいわねえ、良い体してんのに……」
「鍋島さんどこ見てるのもう、訴えるわよ~ふふ」
「やだ出禁やめて~。にしても山崎さん、玲ちゃんの事どう思ってるのやら……」
梅雨の時期に、鍋島は一度山崎に「玲の事をどう思っているのか」と聞いたことがあった。どうやら六花以外の店に二人で飲みに行っているらしい。色恋に鈍感な玲はさておき、山崎が狙っているのではと雪子と話していたのだ。
『山崎さん、玲ちゃんの事、どう思ってるの?』
『ああ……』
あの時、山崎はしばし手元を見て何か考えた後、苦笑交じりに答えた。
『でも、俺の事玲さんはただの飲み仲間だと思ってますよ。きっと』
『それは本人に聞かないとわからないじゃない』
山崎の苦笑は、単に鍋島に迫られて困っているようにも見えた。
『俺は玲さんに危害を与えるようなことはしないので、安心してください』
雪子と鍋島に向かって山崎ははっきりとそう言っていた。二人が玲の事を大切に思っており、心配していると思っての発言だった。
「別に他に女作って遊んでそうには見えないけど、流石に男女二人の友情がいつまでも続くと夢見ているような歳でもないじゃない」
鍋島が空になったジョッキをカウンターに寄せながら言う。
「そうねえ。まあ相手は玲ちゃんだし、しばらく様子見かしら…」
二人は今後も捜査が必要と見て、解散したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます