12-4


 二人の様子を見て笑いをこらえながら、雪子が次なる料理を持ってきた。

 目が覚めるような真っ赤な馬刺しだ。

 

 「気合を入れたい時は赤身肉です!」と自信満々に言い張った玲がオーダーしたのだが、鍋島はどこか腑に落ちない表情で見ていた。


 「玲ちゃん、あんまり気合入れすぎても山崎さんを怖がらせるだけよ~?」

 「でも、もたもたしてたら他の人にとられそうで……」


 玲は馬刺しをタレにつけながら言う。おろしたショウガとニンニクが入った醤油ベースのタレはよく合う。冷酒との組み合わせは最高だ。

 鍋島はその様子を眺めた後、深刻な表情で告げた。


 「玲ちゃん……忘れたの? あの、ワンピース」

 「な……」

 「気合入れすぎて同伴前のキャバ嬢みたいになってたでしょ!」 

 「はい……」 

 

 鍋島と玲が初めて会った日。玲は街コンへ繰り出すも全敗の末、六花を訪れたのだった。ロングヘアを念入りに巻き、花柄のタイトなワンピースに身を包んだ玲はさながらキャバ嬢のオフスタイルだった。


 「玲ちゃんは変に気合入れずに堂々と構えてなさい!」

 「せ、先生がそう言うなら……」


 玲が通常モードに落ち着いた辺りで、雪子が玲達のカウンターに近づいてきた。

 手を後ろに回し、何かを隠しているようだが。

 

 「はい、玲ちゃん。遅くなったけど」

 「え?! 雪子さん、これは……」

 「誕生日おめでとう~!」

 「わあ~ありがとうございます!」


 玲が体調を崩していた日は、ちょうど誕生日だった。すっかり忘れてしまっていたが、雪子達はどうやらしっかり覚えてくれていたようだ。

 雪子は小さなラッピングの包みを玲に手渡す。雪子に促されるまま、リボンをほどくと、小さなハンドクリームとボディクリームが中に入っていた。

 シンプルなデザインのチューブには白いユリの花が咲いている。


 「やだかわいい~、良かったじゃないの玲ちゃん」

 「デスクに置いて仕事中つけます!」


 すると今度は鍋島が、タイミングを見計らったように、どこからか包みを出した。


 「実はアタシも……、はい玲ちゃん」

 「え?! 先生も、いいんですか?!」

 

 雪子よりもサイズは少し大きいが、厚みはそれほどない。一体何が入っているのか、中を開けてみると。


 「わあ、綺麗なスカーフ!」

 「かんわいいでしょお~? 玲ちゃんに似合うと思って買っちゃった」

 「あら素敵な色ねえ」


 夏の海のようなコバルトブルーを基調に、白やシルバーの縁取りが入る。夏生まれの玲にぴったりな配色のスカーフだった。雪子も一緒に眺めて微笑んでいる。

 鍋島は玲に「ちょっと貸してちょうだいね」と言ってスカーフを借りると、あれこれ玲に合わせ始めた。


 「首に巻いてアクセントにするのももちろんいいけど、こうしてバッグの持ち手に巻いたり……」

 「おお~」

 「玲ちゃんはショートカットだから、こうしてヘアアレンジに使ってもいいわよ」


 鍋島が簡単なアレンジをすると、まるで雑誌のモデルになった気分だ。

 普段アクセサリーをつけない玲でも、休日どこかへ出かける時にさりげなくつけることができて丁度良い。


 「うん、似合う、かわいい」

 「あの、先生遊んでますよねこれ」


 鍋島によって泥棒のようなほっかむりにされた玲は、スカーフの隙間からジトっとした目で鍋島を見た。


 「雪子さん、先生、本当にありがとうございます。大切に使います」

 「ふふ、いいのよお」

 「今度つけてきてね~、絶対似合うから!」


 プレゼントを胸に抱きしめ、二人に見送られる。

 夏の虫が鳴く夜、玲は足取り軽やかに家に帰った。

 

 

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