12-3


 「はあ~い、お待ちどうさま」

 「ありがとうございます!」


 鍋島の不審な行動を怪訝な顔で見ていると、丁度よく雪子が料理を運んできた。

 まずは長芋の浅漬けと厚揚げ焼きだ。


 「いただきま~す」


 和柄の小鉢から、長芋をひとつ、箸でそっとつまむ。

 長芋の浅漬けはしゃくしゃくとした歯ごたえが癖になり、上品なダシの風味を感じる。緑茶ハイとのお相性も良い。


 「え……? ていうか玲ちゃん、山崎さんの事、好きなの?」


 一人の世界から戻って来た鍋島が真剣なまなざしで問いかける。玲は静かに箸を置いた。


 「実は前から気になってはいたんですけど、ずっと逃げてたんですよね……」

 「じゃあ、今は好きってこと?」

 「はい、最近やっと好きだな、って自覚しました」

 玲は素直に打ち明けた。


 (あらま、やっと気づいたのこの子……!)

 (ついに気が付いたのね~!)

 

 照れ混じりにそう答える玲の知らぬところで、鍋島と雪子は互いに目線でやり取りをする。

 玲がいない間、鍋島と雪子は玲がいつ自分の気持ちに気が付くか、その話ばかりしていたのだ。


***

 『玲ちゃん、山崎さんと飲んでると、本当に楽しそうな顔してるのよねえ』

 『そうそう。アタシと山崎さんが筋トレの話で盛り上がった時なんか、隅で耳が垂れた捨て犬みたいな顔しちゃって……。あの時は楽しかったわ』

 『もう~鍋島さん、あんまり玲ちゃんに意地悪しちゃだめでしょ~』

 『ヒッ、夜の蝶を束ねる敏腕ママの片鱗が……!』


 雪子の微笑みに潜むかつての面影を感じ取った鍋島は、大人しくジョッキに口をつけたのであった。

***


 玲は口元を緩ませながら、厚揚げを頬張っている。ネギとおろしショウガが乗った厚揚げは外はカリカリ、中は熱々でジューシーだ。

 飲み込んだところで、玲は思い出したように鍋島に告げる。


 「あ、でも! 今回は絶対失敗したくないので、冷静に慎重に行こうと誓ったんです」

 「玲ちゃんにも作戦があるってことね」

 「はい。まずは山崎さんにしっかり向き合おうと思って、山崎さんの良い所を書きだして、何故好きになったのか整理しました!」

 「そ、そうなの。後は?」


 鍋島は内心ハテナマークを浮かべつつも、続きを促す。さっきまで恥じらう乙女だった玲は、なぜか瞳に炎を灯しやる気満々で話している。

 

 「後は自己分析をして、自分のどの部分を山崎さんにアピールすべきか検討した後、パワーポイントにまとめました」

 「その、パワーポイントは山崎さんに見せるの……?」

 玲は首を振る。

 「いえ、自分の手持ち資料として、あくまで参考で持っておくだけです」


 (「手持ち資料」って恋バナで出てくる単語だったかしら……?)


 鍋島は玲があたかも当然のように話を進めるので、いよいよ混乱し始めてしまった。

 玲は水を得た魚の如く、鍋島を置いて熱心に続ける。椅子から立ち上がると壁に貼ってある大きなポスターを指さしてグッと拳を握った。夜景をバックに大輪の花火が何重にも咲いている。


 「そしてあの花火大会で満を持して告白できれば……!」

 「うん、玲ちゃん、待って」

 「はい?」

 玲は首をかしげる。


 「なんか……、やってる事が完全に就活なのよ~!」

 「……?」

 「山崎さんは最終面接じゃないの。手持ち資料なんていらない。ハートよハート~!!」

 

 その後、玲は鍋島からびっちりと恋愛とはなんたるかの心得を学んだのだった。

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