12杯目 気合いの色は馬刺しの赤?

12-1


 「千田さん、先週はごめんね」

 「え……?」


 翌週。玲は仕事が落ち着いた隙を見て千田をいつもの会議室に呼んだ。

 千田が好んで飲んでいるキャラメルマキアートの入ったカップを差し出すと、玲は謝罪の言葉と共に頭を下げる。

 急に謝られた千田は、何が何だかわからない様子で何度か瞬きした後、カップを受け取った。


 「どうしたんですか吉井さん、それより風邪、大丈夫ですか?」

 「うん。なんとか」


 マスクの下でずび、と鼻をすする玲を見た千田は、すかさずティッシュを差し出す。玲は軽く礼を言って受け取る。


 「金曜日さ、私切羽詰まって千田さんに冷たくあたっちゃったじゃない?」

 

 金曜日、ムキになって仕事に向かっていた玲は、千田の援助の申し出を冷たくはねのけた。それに対し千田は、悲しそうな顔でオフィスを出て行ったのだった。

 千田は一瞬思い出すふりをしたものの、すぐに「いえ、大丈夫ですよ」と笑顔で返した。


 「僕も出しゃばった真似をしました。こちらこそすみません」

 「いや! そういうことじゃなくて……。千田さんは謝らなくていいの」


 千田は「?」という顔つきで玲を見つめる。その顔と、数年前のインターンで会った時の面影が重なって、思わず罪悪感のようなものを感じた。


 (こんなに純粋に私の事を支えようと頑張ってくれてるのに、私ときたら恋と酒の共通点とか考えて盛り上がっててもう恥ずかしい……)


 山崎への恋心を自覚したこともあり、千田の真っすぐな好意に対し複雑な感情を抱く。そして恋に現を抜かしていた自分が情けなくもあった。

 一つずつ、昨日の夜考えてまとめた事を思い出す。


 「千田さん、私はね、千田さんが思ってるような人間じゃないの」

 「はい……?」

 千田が眉を下げて聞き返す。

 「えっと……」


 玲は手を額に当てて、言葉を選ぶ。


 「千田さんの前では、先輩だからしっかりしなきゃって頑張ってるけど、本当は無理してキャパオーバーなのが本音で……」


 山崎に言われた「もっと信じて頼ってやれ」という助言。千田が自分の事を尊敬してくれるのは痛いほどわかったが、その気持ちを裏切りたくなくて無理に仮面を作っていた。結果として先週のようにボロが出てしまった。

 本当に千田が自分の事を信頼してくれているなら、完璧であろうとせず弱みをさらけ出しても、失望せず受け止めてくれるのではないか。それが昨日出した答えだった。


 その証拠に、上手く言い出せないでいる玲を、千田は待ってくれているではないか。玲は思わず目の奥が熱くなった。


 「だから、千田さんには迷惑をかけるけど、困った事があったら助けて欲しい。一人じゃ大した事できないから……」

 そこまで言って、恐る恐る、千田の顔を伺う。


 「やっと言ってくれましたね」

 「へ……?」


 千田は、慈愛に満ちたまなざしを玲に向けていた。


 「ずっと、その言葉を、僕は待ってました」

 そう言って、キャラメルマキアートをぐい、と飲み干した。

 玲は戸惑いを露わにする。いつもこちらを伺うような表情ばかりしていた千田が、迷いのない瞳でこちらを見ている。


 「確かに僕もまだまだ未熟で、頼りないどころか迷惑をかけてばかりです。でも」

 千田の瞳はきらきらと輝いている。玲は口をわずかに開けたまま、黙って続きを待った。

 「目の前の席で、吉井さんが大変そうにしている様子を、ずっと見てました。何か力になれないかなって、タイミングをうかがって。僕もあれから色々考えてたんです」

 「そうなの……?」


 千田は真剣な表情で玲に向き合った。今までは視線を逸らす千田に玲が向き合っていたのに、今ではまるで逆の立場だ。


 「あの、先輩に向かって失礼かもしれませんが、これからは一緒に支え合って頑張りましょうよ。この部署、僕たちが一番下じゃないですか。だから、若い者同士といいますか……」

 徐々に語尾が小さくなっていく所は相変わらず千田らしい。だけれども、玲には千田の気持ちがしっかりと伝わった。


 ずっと背負い込んでいたものが、軽くなっていく。頼る、頼られる、その一方通行だけではない。これからはお互いに助け合っていこうという千田の提案は、玲の心の中に響いた。


 (私の知らない所で、いつの間にこんなに成長していたんだろう……)


 

 

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