恋が醒めないうちに……?
(山崎さんの声、低くて気持ちいいな……ずっと聞いていたい)
その後、山崎と何気ない会話をしているうちに、玲は熟睡してしまった。
目を覚ますと、窓の外には鮮やかなオレンジ色の絵の具を広げたような、見事な夕焼けが広がっていた。
体を起こして、部屋を見回す。そこには山崎の姿は無かった。その代わり、違和感に気が付いて額に手を当てると、寝る前には無かったはずの冷却シートが貼られていた。おそらく玲が眠っている間に山崎が貼ってくれたのだろう。
熱を吸収してすっかりぬるくなったそれを、ゆっくりとはがす。寝ている間に汗をかいて体は軽い。
熱に浮かされて山崎にあれこれ零した気がするが、断片的にしか思い出せない。その代わり鮮明に覚えているのは、山崎が初めて見せた、柔らかい笑み。
思い出すと、心臓の奥がぎゅっと掴まれているような気持ちになる。上手く言葉で表せない、甘くて瑞々しい何かが胸の中で生まれる。
その時、玲はああ、とようやく腑に落ちた。
(私は山崎さんのことが好きなんだな)
六花で山崎と鍋島の会話を盗み聞きして、「飲み仲間」だと思われていると知った時、何故か動揺したのも。
千田に告白された時、嬉しさよりも真っ先に違う人物の顔が浮かんでしまって、複雑な気持ちになったのも。
カラオケで酔って思わず抱き着いた時、ドキドキしたのは単に驚いただけではないことも。
心のどこかで、ずっと気が付かないフリをしていた。
好きという気持ちがピンと来ない。付き合うのはなんか違う、なんて石本に言い訳をして。本当はこれ以上彼の事を知ってしまったら、気持ちに歯止めが効かなくなりそうで怖かっただけだ。関係が壊れるよりも、現状維持をだらだらと続けていたかった。玲は山崎の優しさに甘えていた。
ふと、テーブルの下にメモが落ちていることに気が付いて、その切れ端を手に取る。無骨だけど山崎らしい、しっかりとした字で「栄養ドリンク、水、ゼリー」と箇条書きで書かれている。買い出しの際に使ったメモ書きを落としたのだろう。
(山崎さんって、こんな字を書くんだ……)
好きな人が書いた字というだけで、何故こんなに胸が騒ぐのか。
自分の気持ちを認めた途端、蓋をしていた感情が次々とあふれ出した。
寂しい。もっと山崎に傍にいて欲しかった。
仕事で悩んでいたら、一番近くで励まして支えてあげたかった。
(私は本当にいつも、もらってばかりで、なんて我儘で欲しがりなんだろう……)
玲は胸の内からとめどなく流れ出る欲求を持て余す。
恋は盲目と言うが、確かに恋は人を夢中にさせる。
(落ち着け、落ち着け私……)
脳内でお祭り騒ぎをする大勢の自分を、一人ひとりねじ伏せる。自分は一つの事に集中すると周りが見えなくなる。それは風邪の一件で学んだはずだ。それだけではない、これまでの酒に関する失敗を振り返ると、飲むペースを間違えて管を巻いたり、とんだハプニングを引き起こしたり。
これだけは、絶対に失敗できない。
そのためには冷静になって、しっかりと状況を整理して、これからの方針を固める。それが最優先だ。玲は浮ついていた脳みそを瞬時に仕事モードに切り替えた。
そこで玲は、あることに気が付いた。
(待てよ……。お酒と恋愛って似てるんじゃないか?)
お酒はペースを守っていれば楽しめる。飲み過ぎると次の日痛い目を見るし、中毒性もある。恋愛も、のめり込みすぎると中毒になって生活に支障が出る。元彼に尽くし過ぎてのめり込んだ玲は、あっさり浮気されて就職活動にかなりの支障をきたした。
(これだ……!!)
お酒を飲むときには、同じくらいの量の水を飲んで対策をすれば、翌日には響かない。酔いが醒めて痛い目を見るか、すっきりと次の日を迎えられるかは、事前の対策が重要なのだ。
恋愛も好きな相手に現を抜かして、のめり込むよりも、しっかりと冷静になって相手と向き合うことが大事なんじゃないだろうか。
(わかったなら、あとは行動するのみ……)
(鉄は熱いうちに打て。恋は……醒めないうちに!!)
さっきまでふわふわと甘い空気を漂わせていた玲は、気づくと少年漫画に負けない闘志をその瞳に宿していたのだった。
―――――――――――――――――
玲が勝手にタイトルを回収した気になっていますが、物語はまだまだ続きます。
あと、玲。あなたが恋心を自覚するまで10万字かかりました。(朝礼前に騒ぐ生徒をただ黙って待ってた先生)
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