11-4


 「き、汚い家ですが……」

 

 家に着くなり、あちこち片づけようとする玲を、山崎は「病人は大人しく寝てろ」と座らせた。

 点滴と薬で少しばかり調子が戻った玲は、ソファで山崎が買ってきた飲み物を大人しく飲んだ。


 (なんか最近ご飯作ってもらうことが多い気が……)


 以前大雨で千田家にお世話になった時を思い出しながら、玲はそのままうとうとしてソファにもたれかかった。

 昨日からの疲れと、症状が和らいでホッとしたことが相まって眠気が襲ってくる。キッチンから聞こえる音に耳を澄ましてゆっくりと目を閉じた。


 「お~い」


 病院の時とは逆に今度は玲が起こされる番だった。すぐ近くで山崎の声が聞こえる。よだれを垂らしかけて玲は思わず俊敏な動作で起き上がった。


 「雑炊作ったけど、食えそうか?」

 山崎がテーブルに小鍋を運んでくる。ほわほわと湯気を立てる鍋の中をのぞけば、乳白色のお米に、黄金色のかきたまがレースのようにひらひらと浮かんでいた。


 「わあ、美味しそう……」

 「弟に作ってばっかりいたから、これしかまともなの作れないけど」


 お玉を持ってきて、山崎がお椀に盛ってくれた。


 「あ、食器とか、場所わかんなかったですよね……? すみません……」

 「まあ、寝てたから適当に見繕ってきた」

 山崎がお椀とレンゲを差し出す。食器は玲の分だけだ。


 「あれ、山崎さんは? お昼……」

 「ああ、これ作ったら帰ろうと思ってた。あんまり長居するのも悪いだろ」

 そう言うと、キッチンに戻ってあれこれ片づけ始める。玲は慌ててその後を追った。


 (お世話になるだけなっておいて、用が済んだらサヨナラって……)

 

 山崎の貴重な休みをわざわざ割いてもらって、ただ何もせずに帰すのは玲のポリシーが許さなかった。せめて何かお礼がしたいが……。


 「山崎さんも、一緒に食べましょうよ」

 「でも、一人分しか作ってないぞ」

 「う、うーんと、冷蔵庫……」


 冷蔵庫を開く。魔法でもかからない限り、変わることはない。山崎が買ってきた飲み物やゼリーを除けば、昨日と同じラインナップだ。四合瓶の日本酒や缶ビール等が詰められている。


 「酒飲みの鑑みたいな中身だな」

 「うう……」


 玲が項垂れると、山崎は「冷めるぞ」と軽く窘めた。背中を丸めて仕方なくテーブルまで戻る。


 せっかく山崎が作ってくれたのに、冷めてしまっては台無しだ。玲は「いただきます」と手を合わせると、ふわりとした雑炊をレンゲですくって息を吹きかけた。


 「あ、あつ……、おいひい……」

 続けてもう一口。じわじわと体が温まっていく。

 「これ、ショウガが入ってるのかな……ふう、あったまる……」


 普段は脳内で繰り広げている食レポも、自制が聞かず外に駄々漏れである。

 片づけを終えた山崎は、頬を赤くして一生懸命ふうふうと雑炊を食べている玲を見てわずかに口元を綻ばせる。


 「山崎さん、おいしいです。食べないともったいないですよ」

 「俺の事はいいから、早く食って寝て治せ」


 棚に置いていた腕時計を付けながら苦笑を返す山崎。その時、「ぐるる」と低い唸り声がどこからか聞こえてきた。


 「え……? 山崎さん」

 「なんでもない」

 「山崎さんもお腹減ってるんじゃないですか~?」

 「食べ終わったやつ片づけたら、帰って飯にする」


 そう言い張る山崎だが、お腹は待ちきれんとばかりに主張を続けている。

 玲は強がる山崎をじいっと見つめた。


 「こんなにおいしいのに~……」

 「……わかった! 少しだけな!」


 根負けした山崎に、玲は内心ほっとした。まだ食欲が本調子ではない事に加え、大変本人には言いずらいが、山崎の雑炊は鍋からあふれんばかりの大盛である。


 (山崎さん、これは男子ご飯の量なんです……)

 (いつもならペロリと食べれるけど……)


 内心申し訳なさを抱えつつ、玲はレンゲで雑炊をすくった。

 

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