11-3
「飲み物とか買ってきたけど」
「あ、お金渡しますね……」
すると再び、咳のピークが襲ってくる。一度始まると、しばらく続くので辛い。山崎に背を向けるようにして何度か咳き込むと、山崎は「これ持ってって。俺車回してくるわ」とレジ袋を玲に持たせた。
「土曜日でもやってる病院見つけたから。保険証持ってきて」
「え?」
「準備したら玄関で待ってろよ!」
有無を言わさぬ勢いで、山崎はアパートの階段を降りていく。玲は頭がついていかず、袋を手にしたまま山崎のカーキ色のTシャツが小さくなっていくのをしばらく眺めた。
(と、とりあえず着替えっ!)
早足で家の中に戻り、身支度を整える。するとすぐに山崎が階段を上ってくる音が聞こえてくる。
「よし、行くぞ」
そして、あろうことか、なぜか玲に背を向けてしゃがみこんだ。
「え……?」
「ほら、早く」
つまりは山崎の背中に乗れということだ。二十六を迎えて早々、おんぶなんて恥ずかしくてできるわけがない。それに、他の住民に見られたりしたら。
「ひ、一人で歩けますので」
「そう」
すると山崎はスタスタと先に歩いて行ってしまう。全く歩けないという程でもないが、念のため手すりにつかまってゆっくり歩かないとふらふらして進めない。
なにしろ熱なんて数年ぶりの事だから、体がびっくりしてしまっている。
山崎は振り返ると玲の様子を見て、また戻って来た。
「今更恥ずかしがるな。酔って抱き着いたくせに」
そう言ってまた「おんぶスタンバイ」の姿勢になった。
「うう……」
もはやここまでくると玲も反抗できない。このままゆっくり歩いていたら日が暮れてしまいそうだ。おそるおそる山崎の肩に両手を乗せると、思い切ってその背中に乗った。
「重かったら投げ捨ててください」
「投げない」
平均よりも身長が高い玲は、山崎が重さで耐えきれず潰れるのでは……と危惧したものの、山崎はそのまま軽々と持ち上げてしまった。
車に乗るまでの間、山崎の背中に揺られながら玲は素数を数えて心を落ち着ける事に必死になった。
病院へ向かう途中、山崎は運転しながら口を開いた。
「俺の弟、昔から体が弱くてさ。風邪をこじらせて気管支炎になった事があるんだよ」
「そうだったんですね……」
「風邪だからって甘くみると痛い目見るぞ」
「はい……」
玲は自分の体調管理の甘さを思い知ったのだった。そして山崎がここまで過保護になる理由もよくわかった。きっと昔から弟思いの兄なんだろう。
***
「山崎さん、すみません大分お待たせして……」
病院で点滴を終え、咳止めの薬をもらった玲は待合室の山崎の元へと向かった。
腕組みをして眠っている山崎の肩を、控えめに何度かたたく。
「ああ……もうこんな時間か」
山崎は何度か瞬きをすると、あくびを噛み殺した様子で腕時計を見る。ちょうど病院の壁掛け時計は正午を示していた。
「一応、なんか軽く作ろうと思って買ってきたけど、なんか食えそう?」
「え……?!」
予期せぬ申し出に、玲は薬の入った袋を握りしめて固まる。
(山崎さんの手料理……?! 食べたい。昨日からまともに食べてないし)
(でも部屋、掃除してない!)
(しかも病院連れてきてもらった上にご飯まで……うう、申し訳ない)
しばらく脳内で欲求と戦った結果。
「かたじけない……いただきます」
「武士かよ」
申し訳ないという気持ちと、食べたいという欲求が同時ににじみ出てしまっていた。
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