10-3


 千田から告白された流れを深刻な声色で打ち明けると、山崎の答えは玲の予想に反してシンプルなものだった。


 「付き合わないのか?」

 「仕事モードに入っちゃうと、そういう風に意識できなくて……」


 季節柄さっぱりとしたものを飲みたくてオーダーしたモヒートを流し込む。フレッシュなミントの葉の香りとライムのほろ苦い甘酸っぱさが爽快だ。炭酸のぴりぴりとした刺激が喉に余韻を残す。

 バジルソースを絡めたパスタをフォークで巻きながら、玲は考え込む。


 「それに、もし私が付き合うことになったら、今みたいに山崎さんと二人で飲むこともできなくなっちゃいますよ?!」

 「まあそうだろうな」

 「ていうか山崎さんはどうなんですか。彼女とか……」


 聞いてしまってから、我ながらいきなり核心に迫りすぎたと後悔する。玲は途端に主張をはじめた心臓の音をごまかすように、モヒートを飲んだ。


 「いたらこうして飲んでないだろ」

 「ですよね~」


 山崎は「このパスタ美味いな」と呟きつつ次々と器用にパスタを巻いて食べている。玲は一人置いてけぼりを食らったよう。そして会話が途切れる。

 いつも一緒に飲んでいる時だって、こうして会話が途切れることはあったし不自然ではない。だけどなぜかいたたまれなくなり、玲は黙ってカットステーキにフォークをさした。


 「好きな人なら、いたけど」


 消え入りそうな声で放たれた一言に、玲はぴくりと反応する。


 「え? なんか今」

 「彼女じゃなくて、好きな人ならいた」

 ぶっきらぼうに返される。心なしか、山崎のその目元は赤い。アルコールのせいなのか、はたまた。

 山崎がグラスに残っていたワインを飲み干す。玲は上下する喉元をなんとなく見ていた。


 「いた、って」

 「でも、もう終わった」

 

 あれだけたくさんの料理でいっぱいになっていたテーブルは、もうほとんど食べ終えて、すでに皿は下げてある。

 残っているのは、空になったグラスが二つ。さっきまでモヒートで満たされていたグラスで、溶けかけたクラッシュアイスとミントが混ざり合った。


 今日は金曜日。夜は、まだ長い。


***

 

 数時間後。

 ほろ酔い状態の気だるげな頭の中で玲は、(あれ~? なんでこんなことに~……?)と思いながらマイクを離せずにいた。


 「アハハッ! 玲さん、クッ…、もう一曲っ……!」


 爆笑が止まらず顔を真っ赤にした山崎は、ソファで腹を抱えていた。

 煙草の煙が染みついた壁、天井に取り付けられた安っぽいミラーボール。

 薄暗いカラオケの一室で、玲は直立不動のまま、なぜか山崎のリクエスト曲を延々と歌わされていた。


 「もう一曲、ククッ、歌って……ッ! 歌ってくださいっ……!!」

 「わかりました。それでは聞いてください……」


 玲自身、歌うことはストレス発散になるので好きだ。人前で歌うことも苦ではない。しかし、なぜ山崎は自分が歌えば歌うほどツボにはまっていくのだろう。すでにアルコールが回って思考回路がおかしくなっている玲にその理由はわからない。

 本人はいたって真面目に歌っているので、今まで誰一人として彼女が壊滅的な音痴であることを指摘できなかったのである。


 「ていうか、私ばっかりじゃないですかあ! 山崎さんも歌って! ほら!」 

 「俺は観客だからっ!」

 そう言って聞かない山崎の腕を玲は無理やり引っ張って一緒に立たせる。その目は完全に据わっていた。


 「営業のエースなんでしょ!! 接待してくださいよ、せったい!!」

 「うわ~怖い怖い」


 そう言う山崎もアルコールが回っていつもより楽しそうである。まんざらでもなさそうにマイクを取った。


 「……って、声ちっちゃ!!」

 「う、うるさいっ!」

 山崎は珍しく耳まで真っ赤だ。声量が完全にカラオケの音楽にかき消されている。


 「ハア~?? エリートのくせに……ふふ、山崎さんの歌、おかしっ……!」

 「そっちこそ、見てろよテンポの破壊神!」


 数時間前、「あ~なんか気晴らししたくなった」と言って店を出た山崎は、少しだけ寂しそうな目で空を見ていた。

 冗談のけなしあいをして笑いながら、玲はぼんやりと、山崎が楽しそうなら良かった、と思ったのだった。

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