10杯目 再会のモヒートはほどほどに

10-1


 「おう、久しぶり」


 ちょうど山崎が手をあげた瞬間、彼のポケットの中でピロン、と着信音が鳴った。

 「悪い」とポケットのなかからスマートフォンを出した山崎は、画面を一瞥するなり、「ふ~ん」と意地の悪い笑みを浮かべた。


 「そっちからお誘いなんて珍しい」

 「せ、生存確認ですっ!」

 「まあ、ちょうど良かったよ」


 丁度仕事帰りに一杯ひっかけようとしていた山崎にばったり遭遇した玲。とりあえず山崎が気になっていたというダイニングバーへ向かった。


 外装がはがれかけた古いビルの階段を恐る恐る進んでいくと、真っ赤に塗られたレトロな木製のドアが見えてきた。無骨なコンクリートの床に不釣り合いなそれは、そこだけ浮いていてまるでおとぎ話の中に出てくる魔法の扉のようだった。


 「ビルの中のワンフロアをリノベーションしたらしい」

 「へえ~気になりますね」


 店の中は玲が思っていたよりもカジュアルテイストで、木目調のダイニングテーブルに、パッと目を引く洒落た赤いチェアが印象的だ。照明はオーセンティックバーよりも明るめで、間接照明の暖かいライトがなんだか安心する。


 「山崎さんはご飯まだでしたよね」

 「付き合わせて悪い。軽く食えそうか?」

 「まだまだ行けますよ!」


 そう言ってガッツポーズを見せると、「意気込まんでいいから」と笑われる。大食いチャンピオンの如く気合を入れた玲は、肩透かしを食らって頬をかいた。

 テーブル席に向かい合って座りメニューを開くと、カタカナがずらりと並んだメニューの隣に華やかな料理の写真が並ぶ。


 「うわ~どれも美味しそう……」

 「なんでも食え。俺も腹減った」


 普段六花で食べる事が多い和食は日本酒に合うので好きだが、こういう所で食べる洋食も魅力あるものばかりで目移りしてしまう。玲があれこれ悩んでいる間、山崎は頬杖をついて文句ひとつ言わず待っていた。

 

 「お互い忙しかったんですね~」

 「同業者だから繁忙期も重なるんだろうな」


 料理を待つ間、互いの近況を軽く報告し合う。山崎も残業続きで、やっと今日久しぶりに街へ出た所だと言う。

 言われてみれば、目の下にうっすらと隈が見え、少しばかり頬の輪郭がシャープになった気がする。


 「雪子さんが心配してましたよ」

 「そうか……。後でまた顔見せに行かないとな」

 「すっかり雪子さんの虜ですね」

 「なんだよその目は。違うわ」


 ニヤリと目を細めて山崎を見ると、すかさず否定される。

 玲自身雪子の大ファンである。言葉に表せない包容力やすべてを許してくれそうな笑顔、どこをとっても非の打ち所がない素敵な人だ。

 山崎も一人で通うくらいなので、秘かに惹かれていたとしても不思議ではないと思っていたが、当の本人は的外れな事を言われたような表情。


 「確かに素敵な女性だと思うけど……」

 「けど……?」


 詰め寄ると、山崎は視線を逸らす。何か思うところがあるなら素直に言ってほしい。玲はやきもきした。

 

 「あの人は玲さんを一番に想ってると思う、わ……」

 「え!? え~? 照れます……」


 (なんかあの人、玲さんと二人で店に行くと俺を見る目が怖いんだよ……)


 雪子は玲の事を大事に思っており、特にかわいがっている。玲の周りをうろちょろする男がいれば、常連とはいえ警戒するのも頷ける。

 山崎の気持ちを知る由もなく、玲は両手を頬に当て、すっかり舞い上がっていた。

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