◆1-4
久保田によると、山崎が外回り等で席を外している時を狙い、荒川のパワハラが横行しているということだった。
最初は小さなぼやきから始まった。山崎がいない隙を狙って、「あいつは若いくせに偉そうだ」「俺がフォローしてやっているのに感謝の一言もない」等、悪口を吹聴して回っていた。
段々とメンバーも嫌気がさしてきて、軽くあしらい、愛想笑いで済ませるようになった。すると、それが気に障ったのか、今度はターゲットを決めて「教育」という名の集中攻撃をするようになった。その標的にされたのが、岡部という男性社員というわけだ。
確かに他の社員に比べると、大人しそうな外見で受け身がちではあるが、必死に周りに追いつこうとする気概が感じられる。
「岡部さんの成績が振るわないから、俺が直々に育成すると言って、ミーティングルームに長時間以上籠ることが多くなったんです」
「具体的にどんな事をされたか、とかは聞いているか?」
「いえ……。暴力は、振るわれていないみたいですが、罵詈雑言の声が壁越しに聞こえてくることもありました」
(クソ……。俺がいない間にそんなことが)
久保田は目を伏せ、「あとは、言いにくいのですが……」と続けた。
「他のメンバーがいるところで私と比較したり、彼の失敗を晒し上げたりする発言もありました」
「久保田はこんなに優秀なのに、お前は底辺代表か?」とメンバーがいる場所でわざと大声で言ったり、些細なミスを再発防止だと言って誇張するように話したり。とにかく好き放題だと言う。
山崎は久保田の勇気に感謝をすると、すぐに上司に報告した。荒川は上手くタイミングを見計らってパワハラをしているようで、最初は寝耳に水、といった様子だった。
しかし、報告を終えると、「やはりそうか」と納得した様子で頷いた。
「荒川がワケありというのは耳にしていた。過去に人間関係が理由で部署異動になった事があったらしいからな」
「なぜ野放しにしたんですか?」
山崎は詰め寄った。
「最近は鳴りを潜めていたのか、これといって悪い報告は上がってきていなかったんだ」
上司はばつが悪そうに眼鏡の鼻当てを直し、続ける。
「荒川は、黙ってさえいれば成績は良いからな。仕事は早いし今だってクライアントからの評価も高い。会社としてもおいそれとクビにすることも出来ないんだよ」
「ですが、何かあってからでは手遅れでしょう!」
思わず声を荒げてしまう。結局「証拠が無ければ下手に動けない」という事で、岡部本人との面談と、荒川の暴言や今までされた事を記録することを指示されてその日は終わった。
(なんで俺も気が付かなかったんだ……! 普段の様子とか、コミュニケーションとる中で少しでも変化に気づく所はあっただろうがっ……!)
山崎は煮え切らない気持ちを抱え、六花へ向かった。自宅に居ると延々と仕事の事ばかり考えてしまいそうなので、酒とうまい料理を食べて、少しでもやるせない気持ちを紛らわせたかった。
店先にたどり着くと、先客が引き戸を開けるところだった。後ろ姿で、以前日本酒を飲んでいた若い女性だと気が付いた。
「あっ」
思わず声が出てしまった。女性が振り返り、視線がぶつかる。
(前回隣でじろじろ見られて嫌な思いをしたかもしれない。先手で行くか)
山崎は営業用の表情で軽く会釈する。女性もなんとなく自分の事を覚えていたようで、笑みを返した。
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