◆1-3

 

 あれから「六花」が気に入った山崎は、仕事終わりに通うようになった。


 ある日引き戸を開けて中に入ると、珍しく若い女性の一人客がカウンター席に座っているのが見えた。一人飲みの女性自体珍しくなくなったが、中高年の男性客が多いこの店では珍しい。


 店主の雪子の誘導で同じくカウンター席に座った山崎は、メニューを見るついでにちら、と隣の女性の様子を伺った。単純に興味本位だった。


 ショートカットの女性は、山菜の天ぷらをそっと箸でつまむと、慎重に一口食べた。さくり、と衣がかすかな音を立てる。口元についた衣をちろりと舌先で取ると、グラスになみなみと注がれた日本酒を口に含む。そしてうっとりと目を閉じて堪能した。

 その様子は、どんなお酒のCMよりも美味しそうに見えて、山崎は思わず唾を飲みこんだ。


(知らない男にじろじろ見られるのも良い心地がしないだろう)


 急に我に返って、ハイボールと軽いつまみを注文する。

 しばらくして山崎がお手洗いに立っている間に、その女性客は帰ってしまった。


 *** 


 「山崎主任、お時間よろしいでしょうか」


 デスクで書類作成をしていると、同じチームの女性社員が声を潜めて話しかけてきた。

 その日は荒川が外回りの後直帰でオフィスにいなかったためか、オフィス全体の雰囲気は少し和らいでいた。山崎自身も、心に余裕を持って仕事に臨めていた。


 「どうした?」


 振り向いて女性社員を見上げると、かなり深刻そうな面持ちで「ミーティングルームまでお願いします」とだけ告げ、足早に去っていく。

 オフィスの別室にあるミーティングルームは、二人きりにしてはやや広く感じたが、個室のためオフィスに話声は漏れない。


 チーム唯一の紅一点である女性社員「久保田(くぼた)」は、入社三、四年目位になる二十代半ばの後輩だ。冷静沈着で感情の起伏が少ないため、何を考えているかわからない事が多いが、クライアントの希望を上手く汲むことができ、仕事も丁寧なので主戦力になっている。

 その久保田が珍しく言いにくそうに唇を噛んでいたので、山崎は嫌な予感がした。


「もしかして荒川に何かされたか?」


 部屋のドアを閉めるなり、山崎がそう問いかけると、久保田は「いえ……」と首を振る。

 少しだけほっとした。唯一の女性だから、セクハラじみたことでもされていたら、と一瞬肝が冷えた。しかし、安心していられない。久保田はハンカチを握りしめると、わずかに口を開いた。


「私は……大丈夫です。でも、岡部さんが」

「とりあえず、座ろう」


 久保田の顔が徐々に青ざめていくので、山崎は椅子を寄せて座らせた。自分も椅子を持ってきて、久保田が話しやすいよう対面を避けて座る。


「無理しなくていい。少しずつでいいから話せるか?」

「はい、すみません……」


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