◆1-2

 

 北海道にいた時は頻繁に飲みに誘ってくる先輩がいたため、いざ一人になると退勤後はなんだか味気ない。

 引っ越してきて間もない頃は、部屋の片づけをしたり、土地勘をつかむために街中をあちこち回ったりと忙しなかったが、少し落ち着いてきた今なら酒場巡りの散策にでる余裕がある。


 久しぶりに定時で仕事を終え、山崎は飲み屋街へ向かった。

通りは同じようにスーツ姿の群れや、仕事帰りの若いカップルで賑わっていた。人混みは正直苦手だ。山崎は人通りが少ない方へ逃げるように進んだ。

 すると、静かな路地にぽつんと小さな灯りを見つけた。中の様子はわからないが、のれんが下がっている様子から開店はしているようだ。とりあえず今日はここにしようとのれんをくぐり、引き戸を開けた。


 「こんばんは」


 こぢんまりとした店内はカウンター席の他に、テーブル席が二、三ある程度だ。カウンターの奥の厨房で店主らしい和装の女性が穏やかな笑みをたたえている。化粧は薄めだが、元々の顔立ちもあるのか、華やかな印象があった。彼女目当てに来る輩もいるだろう。


 店内には他に中年男性の客が何組かおり、いずれも常連らしく店主と仲良さげに言葉を交わしている。彼らの話題に耳をすませると、専ら酒や料理の話が中心で、思い思いに好きな酒を堪能しているようだった。

 出された料理はどれも美味で、客層も良い。また来ようと思い、山崎は帰路についた。


***


 「歓迎会? 金の無駄だろうが。俺は絶対行かないからな」


 外回りから帰って来た山崎の耳に真っ先に入って来たのは、荒川の心底嫌そうな声だった。

 オフィスのドアは丁度開けっ放しになっていて、同じチームのメンバーが一か所に集まっている様子が見えた。おそらく山崎の歓迎会を企画していたのだろう。その様子に気が付いた荒川が文句を言ったという所か。


 一度出直そうか、と踵を返した時、メンバーの一人が気配に気が付いたのか後ろを振り返り、「しまった」という表情を浮かべた。


 一人が気づくと、瞬く間に周りに伝染して皆気まずそうに席へ戻ろうとする。

その中で荒川だけは面白そうに歪んだ笑みを浮かべていた。先ほどの自分の発言が聞かれた事を知っても動じる様子はない。


 「主任は忙しいんだよ。お前らも、ちっとは気を遣えるようにならんとな」


 わざとらしく声を上げる。ですよね? とこちらを伺うような視線を寄越され、心の中で溜息をついた。くだらない諍いをしている暇はない。

 若手メンバーは怯え切った様子で、誰一人、山崎と目を合わせようとしない。


 (クソ……。荒川の野郎、どこまでかき回せば気が済むんだ)


 なるべく心の中が顔に表れないよう、必死に表情筋を働かせた。

 「できるだろ?」と当然のように無理な要求をする上司、明らかに間に合わない納期を指定してくるクライアント、クソみたいな連中はこれまでもたくさんいた。それに比べれば嫌がらせなんてまだ可愛く思える。


 (だけど、俺とお前の問題に後輩まで巻き込むのはやめろよ……!)


 拳を握りしめると、切り替えるように短く息を吸って笑みを作った。


 「気遣いありがとうな。今は繁忙期だから、落ち着いたら一緒に飲もう。まだ皆の事を知らないから」


 メンバーはそれぞれ、ほっとした顔で相槌を打つ。それが気に食わなかったのか、すかさず荒川が口をはさんだ。


 「おいおい! 皆、主任が大盤振る舞いだってよ! こりゃ高級焼肉だな」


 荒川が声を上げて笑う中、他の面々は皆愛想笑いで互いの顔を見合わせていた。






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