???杯目 ジントニックを隣で

◆1-1

※1杯目~2杯目の山崎視点の話です。

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 窓の外に桜並木が見える。遠く離れた北海道からこの地に来てまだ一ヶ月に満たない。

 慣れない通勤、慣れないオフィスに、慣れないメンバー。正直胃が痛くなるような毎日だが、弱音ばかり言っていられない。


 早めにオフィスへ着き、朝一で今日のスケジュールやタスクチェック、メールの確認をする。今日は担当エリアの外回り数件とグループのミーティングがある。今後のスケジュールと達成目標、現状をあらかじめまとめておいたので、最終確認をしていると、オフィスのドアが開く音がした。革靴がタイルを蹴る音からして、おそらく男性。


 「おうおうは流石朝から仕事熱心だなあ」

 「おはようございます、荒川さん」


 挨拶が返されることはない。代わりに小さく舌打ちが聞こえるが、気にせずキーボードを打ち続けた。


 この春、北海道の支社から晴れて新任主任として本社に配属された山崎義隆の、いつもの憂鬱な朝の光景だ。


 同じグループの荒川(あらかわ)は、同じエリアの営業を担当する社員だ。頬骨が目立つ顔はいつも青白く、神経質そうに吊り上がった目は爬虫類を思わせる。山崎が赴任する以前からこの部署におり、おそらく何歳か年上だ。


 山崎が新たに主任としてグループに挨拶に来た際、他の社員に紛れて鋭い視線を寄越してきたのが荒川だ。山崎の推測では、自分より年下でその上他の支社から来たよそ者に昇進を追い越されたのが気に食わないのだろう。

 一緒に仕事をするようになると、その態度はますます顕著になり、何かと山崎に突っかかるような発言が多い。毎日続くものだから流石に辟易していた。


 (別に俺の事どう思おうが勝手だが、仕事はちゃんとしてくれよ)


 「主任が毎回トップ張ってくれるから助かってますよ本当。今日の先方の説明も、もちろんお任せしてもいいですよね?」

 「ええ」


 任せる、なんて上手い事を言っておきながら、ただ丸投げしたいだけだ。山崎はそう言いたいのをぐっとこらえながら、短く言葉を返す。

 もう彼のやり方は把握した。わざとらしくおだてるフリをしながら、仕事を押し付ける。山崎に責任も全て押しつけたいのだろう。なんとしてでも新任主任の信用を失いたいらしい。

 そんな荒川の行動は逆効果に近かった。試されているならば、自分は失敗せずに完璧にこなしてみせよう。荒川の嫌がらせは一種の原動力と言えた。


 『良かったな山崎! 今月も営業トップはお前のおかげだ~』

 『祝勝会だ! いっぱい飲めよ~』


 北海道にいた頃の先輩が脳裏に浮かぶ。山崎に営業のイロハを教えてくれた師匠ともいえる存在。自分が昇進して本社へ転勤になった時も、真っ先に喜んでくれた先輩。


 (先輩、俺は負けません)


 ここでへこたれたら、先輩の恩を仇で返すことになる。腹が立つ度、自分がここへ配属された意味を思い出せと何度も言い聞かせる。主任として、グループの面々をマネジメントしていくのも自分の役目だ。荒川と張り合っていても意味が無い。

 胸の奥で燻る気持ちを抱えながら、山崎はスケジュール表を開いた。

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