9-5
わざわざロックグラスに注いでもらったのは理由があった。今度はかち割り氷をグラスの中に入れる。日本酒をロックにして飲むのは、アルコール度数が高めの原酒におすすめの飲み方だ。特にこれから暑い時期にはこうして飲むのもまた美味しい。
氷が少し溶けたのを見計らって、もう一度飲んでみる。すると強めに効いていたアルコール感が少し薄れ、その分キリッとした味が際立った。より洗練された味に感じる。グラスを置いた時に氷が溶けて崩れる音も涼し気だ。
「はいおまたせ~」
「ありがとうございます!」
続いてメイン、ししとうの豚バラ巻き。あまり栄養に関する知識は詳しくない玲だが、なんとなく「夏バテには豚肉」という記憶が頭の中にあった。肉に勝るものはないのだ。
アスパラのベーコン巻きの要領でししとうを豚バラで巻き、少し焦げ目がつくまでカリッと焼き上げてある。思い切ってかぶりつくと、ししとうのほろ苦さと豚バラの肉汁が混ざり合った最高のエキスが口の中にじゅわっと溢れる。
そして日本酒ロックを口に含む。氷がすこしずつ溶け、味に丸みがあるまろやかな口当たりに変わっていた。
「毎日食べたい……」
「あら嬉しい~!」
***
久しぶりに一人飲みを心置きなく楽しんだ玲は、軽やかな足取りで夜道を歩いていた。
(久しぶりに雪子さんともゆっくり話せたし~)
今日思い残すことは何もない。このまま家に帰ろうとした時、胸の奥にもやっとした何かが生まれるのを感じた。
以前石本から言われた言葉。そして思い浮かんだのはなぜか山崎だった。
(よく知らないから、か……。いや、でも飲み仲間ならそのくらいがちょうど良くない?)
(それに仕事忙しそうって雪子さんも言ってたし)
自分に言い聞かせる度、胸のもやもやは広がっていく。玲は立ち止まって腕組みをした。夏の夜の生ぬるい風が、カットソーからのびた二の腕を撫でていく。
『あんたはどうしたいわけ?!』
石本の厳しい一言が反芻する。今、自分はどうしたいのだろう。あれこれ理屈をこね回して、自分を無理やり納得させた気になって。
スマートフォンを出して、メッセージアプリの中から山崎の名前を出す。最後のやりとりは大分前の日付のまま。
便利な世の中になったものだ。メッセージアプリに文字を打ち込めば、あとはボタン一つで、山崎に言葉が届く。
(付き合うとかは置いといて! 飲み仲間として、ただ楽しく飲みたいだけ……)
画面をタップすると、文字を打ち込めるようキーボードが表示される。玲は近くのベンチに座ると、しばらくメッセージを打ったり、消したりを繰り返した。
(こうなったらシンプルイズベストだ!)
「お疲れ様です」と一言、玲は震える手で送信ボタンを押した。トーク画面にメッセージが送られる。
見てほしいような、見られるのが怖いような気持ちで玲がスマートフォンを握りしめていると、男物の革靴が目の前で止まった。
「何してんの?」
「……? あ!!」
ずっと聞いていなかった声が、頭上で聞こえる。スマートフォンから目を離して見上げると。
「いきなりでかい声だすからびっくりした……」
「やや、山崎さん!」
声の主は、今まさにメッセージを送ったばかりの相手。山崎は驚く玲を面白そうに眺め、「おう、久しぶり」と笑った。
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