9-4
千田の一件も解決し、業者との打ち合わせや会議等で慌ただしい日々を送っている間に、カレンダーの月はあっという間に変わってしまった。
短い梅雨は過ぎ去り、段々と蒸し暑い日が増えてきた。社内で半そで姿が増え始めると、いよいよ夏の到来だ。
「やっと来れた~!」
「や~ん玲ちゃん久しぶり」
久しぶりに訪れた六花で、相変わらず雪子は包み込むような柔らかい笑みで迎えてくれる。
引き戸を開けた時に入った風が、店先につるされた風鈴を鳴らす。涼し気な音に玲はうっとりと目を閉じた。
「素敵な音」
「お客さんからもらったの。良い音よね~」
ガラスの風鈴には六花の名前の由来でもある雪の結晶のモチーフが描かれている。玲は指先で風鈴に釣り下がる短冊に触れると、上機嫌でカウンターに座った。
おすすめメニューはすっかり夏一色で、どれも目移りしてしまう料理ばかりだ。玲があれこれ悩んでいると、カウンター越しに雪子が悪戯っぽく問いかけた。
「今日は一人なの?」
「あ……」
千田の事と仕事で頭がいっぱいになっていた。山崎とは「飲み仲間発言」のあの日以来会っていなかった。仕事が立て込んでいたのもあるが、これといって連絡も取り合っていない。
「何かあったの?」
「いえ、そういうわけじゃなくて、色々お互い忙しかったみたい? で……」
玲が言いよどむと雪子はそれ以上詮索することはしなかった。
「山崎さん、あの後一回顔を見せに来てくれたけど、なんだか疲れた顔してたわ」
「お仕事忙しかったんですかね……」
雪子が料理の乗った皿を持ってくると、玲は小さく拍手して満面の笑みを浮かべた。
「待ちわびた六花のご飯だ~!」
「お仕事お疲れ様。たくさん食べるのよ」
まずはもろきゅうにナスの揚げ浸しだ。スティック状のきゅうりにもろみ味噌をつけて食べると、麹の旨味ときゅうりの瑞々しさが口の中を潤していく。素揚げしたナスにたっぷりとたれを染み込ませた揚げ浸しは、噛む前にほろりととろけて、出汁の風味がじわりと広がった。夏らしく透き通ったガラス細工のお皿に盛られているのが涼やかだ。
ちょうど一杯目のお酒が無くなる頃、雪子が「そうだわ」と手を合わせた。
「玲ちゃん、ちょうどいいお酒仕入れたの」
「な、なんですか?!」
雪子が奥から出してきたのは、涼し気な水色の瓶が印象的な四合瓶だ。
「夏限定の原酒、飲まない?」
原酒というのは、アルコール度数を調整するための水を加えていない日本酒の事だ。そのためアルコール度数は他の日本酒に比べやや高いものの、濃厚な味わいを楽しむことができる。
「最高~~~!!」
玲は雪子に頼んで、ロックグラスに原酒を注いでもらった。まずは一口、少しだけ口に含む。ガツンとくる力強い飲み口と、しっかりした旨味を感じた。後味はキレよく、すっきりとしており、夏らしい爽やかなお酒だ。
「おいしい!」
料理と合わせつつ、ちびちびと堪能する。
しかし、楽しみ方はこれだけではないのだ。
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