9-2

 

 「あんたはどうしたいわけ?!」

 「そんな、急に言われても……」

 

 わざとらしく盛大な溜息をつかれる。


 「わかんな~いとか言って目を背けて、全っっ部中途半端!! 受け身になってないで、まずは相手を知る事から始めなさいよ!!」

 「は、はい……」

 「その男のことも、千田のことも、まだよく知らないから判断できないんじゃないの?」


 確かにその通りだった。石本の言葉一つ一つが、知らず知らずのうちに胸の奥に隠していた場所に鋭く刺さっていく。

 石本はそこまで言い切ると、「忙しいから、お先」といって席を立って行ってしまった。玲はぼんやりと石本の後姿を見送った。ハーフアップにまとめられたヘアスタイルは今日も完璧で、毛先までしっかり巻かれている。


 山崎にしろ千田にしろ、今の関係性が変わるのが怖くて、現実から目を背けていたのは事実だ。

 元カレを忘れるべく足しげく通った街コンは、結局話しかけられるのを待つばかりで壁の花と化していた。思い出せば出すほど思い当たる節がありすぎて辛い。


 今の関係のままでいれば、失うものはない。ひとたび恋愛感情を意識してしまえば、もう元の関係には戻れない。両想いになれれば良いけれど、想いが実らないことだってある。仮に晴れて付き合う事になったとしても、元カレのように別れが来ることだってある。

 なんとなく恋人がほしいなあなんてノンキな事を思いながら、傷つくのが怖くて美味しい所だけ味わおうとしていたのだ。

 

 (確かに、私、本当に何がしたかったんだろう……)


 玲にあれこれ的確なアドバイスをくれる鍋島に、歯に衣着せぬ物言いでバッサリ切り捨てる石本。自分がいかに周りに頼り切っていたのか、その日玲は痛感したのだった。


 (うん。自分から動かないとわからないよね)


 すっかり冷めたカツは、カレーが染みていてこれはこれでおいしいと思った。


***


  昼休みから戻ると、真っ先に千田と目が合った。玲が声をかけようとすると気まずそうにふいと目を逸らされてしまう。


 (やりずらいな~~!!)


 朝からこんな調子である。最初は玲も恥ずかしくてぎこちない態度で接していたものの、こんな調子が続けばゴシップに目敏い沢渡に怪しまれるのも時間の問題だ。なにより仕事がやりずらい。せっかく良好な関係を築けていたのに、またスタート地点に戻ったようだ。

 石本に喝を入れられ、仕事モードにスイッチが入った玲は、千田の向かいにある自分のデスクに戻った。


 「千田さん、昨日はありがとうね」

 「あ、いえ、じぇんじぇ、全然大丈夫です」

 「後この前の資料だけど」

 「へいっ!?」


 (「へいっ」て、挙動不審きわめて江戸っ子みたいになってるし!)


 千田の傍から見てもわかりやすい反応に、玲は内心つっこまずにはいられなかった。

 ここまでわかりやすい反応をされると、流石に鈍感な玲でも千田の告白が嘘ではないことがわかる。

 幸い沢渡は休みだ。対策を打つなら今しかない。玲は「ちょっと会議室いい?」と千田に声をかけると問答無用で別室に連れ込んだ。


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