第2章 芽吹く恋心
9杯目 夏の到来! 夏酒はキリッとかち割り氷で
9-1
「好きです」
突然目の前で告げられた言葉が飲み込めず、玲はただ目を瞬いた。
すると、見計らったように千田の目覚まし時計がけたたましい電子音を鳴らし、どちらともなくパッと離れた。
「え?!」
「あ、あのっ!! 人として!! うん、人としてという意味です!!」
「あ、え、うん!!」
「吉井さんのことは、同じ職場の尊敬する先輩として好きです!!」
「うん、そうだね!! そうだよねっ!!」
「はい、そうです!!」
「ありがとう!!」
ピピピピピピピ……。持ち主に放置され振動を続ける目覚まし時計はやがて床へ落ち、その反動で電子音が鳴りやむ。
気が付けば玲と千田は額に汗を浮かべ、ぎこちない笑顔で互いに握手を交わしていた。
「じゃあ、私先に会社行くね!!」
「はい!! 行ってらっしゃいませ!!」
即座に持ち物をまとめ、慌ただしく千田の部屋のドアを閉める。
目覚ましに負けず劣らず鳴り続ける胸に手をあて、玲は早足でアパートを後にした。
(何何!? 何が起こった!! どういうこと~!?)
***
「いや、それ完全に告ったも同然でしょ」
「でも、人として好きって言ってたよ!」
苦虫を噛み潰した顔で、石本はエビとアボカドのサンドウィッチをかじった。
朝起きた事が頭から離れず、困り顔で思い切って打ち明けた玲を、石本はバッサリと一刀両断した。
「それで本当に信じるわけ? 思わず言っちゃって慌てて撤回したんじゃないの」
「いやでも今までそういう雰囲気を感じたこと無かったし……」
頭の中は今朝の事でいっぱいで、食欲をそそる香ばしい匂いを漂わせたカツカレーを前にしてもなかなか箸が進まない。
石本はペロリとサンドウィッチを平らげて、アイスティーの入ったグラスをストローでかき混ぜた。四角い氷のタワーがカラカラと回転する。
「吉井、あんたの恋愛は中学生で止まっとんのか? アン?」
「ひいい」
「いや、今時の中学生の方がよっぽどませてるわね」
「そ、そんな……」
頭の上に重い石をどんどん積み上げられていくような気持ちだ。玲は背を丸め、半泣きになりながらカツカレーをちびちびと口に運んだ。
アイスティーを勢いよく飲み干すと、石本は玲に興味が無くなった様子でスマートフォンを見始めた。最近推しのアイドルがSNSを始めたらしく、欠かさずチェックしている。
「はあ、どうしよう……」
「そういや、あの居酒屋の男は?」
石本は丁寧にネイルが施された指先で器用に操作しながら、ちらりと玲を見やる。
おそらく山崎の事を指しているのだろう。以前、二人で会うことが多いが、どういう関係なのかわからないと相談していた。
「なんか多分飲み仲間だと思われてると思う……?」
「何、本人から言われたの?」
「いや……」
そう言葉を濁す玲に、石本が眉をピクリと上げた。蛇に睨まれた蛙の如く、嫌な予感がした玲は冷や汗を浮かべ、じりじりと後退する。
石本は持っていたスマートフォンを乱雑にテーブルに置くと、般若のような形相で玲に「いい?! 聞きなさい」と人差し指を向けた。
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