8-5


 「じゃ、おにいまじで朝起きないんでほっといてください!」

 「わかった、ありがとうね」

 「は~い、いってきます!」


 慌ただしく準備を済ませ上下黒のリクルートスーツに着替えた紬は、昨日と印象が違い、大人びて見えた。メイクをしていない状態だと童顔も相まって未成年に見えたが、本人によればそれがコンプレックスであり、春にやっと二十歳になったばかりと言っていた。


 そして紬を見送った玲は、家主を置いて一人勝手に帰るわけにもいかず、せめて千田が目を覚ますまで部屋に待機することにした。


 布団はすでに片づけており、残すはベッドの上にある大きな塊。

 紬に足蹴りを食らっても小さくうなり声を上げるだけで、一向に起きる気配のなかった千田である。


 (千田が起きたらとりあえず先に家を出て、会社のとこのコンビニで下着の替えとメイク道具買おう)


 服は昨日と同じものだが、紬のおかげで洗濯をして乾燥機にかけてある。自宅に一度帰るには微妙な時間だ。

 頭の中で色々とシミュレーションしながら、玲は再度千田を起こすことに挑戦した。


 「千田さーん! 起きて!」

 「んん……」

 「こら、起きろ、千田!!」


 何をしてもびくともしない。紬曰く「まあそのうち勝手に起き出す」とのことだから、諦めるしかない。

 紬に合わせて早めに身支度を終えた玲は、キッチンを借りて朝食を作ることにした。材料を借りる旨は紬に了承済みだ。


 冷蔵庫の中には、昨日多めに作っていたサラダとドレッシングが残っていた。その他オムライス用の卵数個と、ソーセージを発見。

 

 (サラダに合わせるならスクランブルエッグかオムレツかな?)


 卵をボウルに割りいれ、塩コショウを加えてかき混ぜる。フライパンにバターを落とし、焦げないように温めた後、卵液を流し込んだ。ジュウッという音と共に、バターと卵が焼ける香ばしい匂いが立つ。火が通りすぎないように気を付けつつ全体を軽くかき混ぜた後、端から卵をひっくり返していき包むようにして形を整える。

 即席のプレーンオムレツの完成だ。


 出来上がったオムレツを皿に移していると、ベッドのスプリングが軋む音が聞こえた。どうやら千田が起き上がったらしい。


 「あ、千田さんおはよう」

 「ん……?」


 盛大な寝癖頭の千田はベッドに座り込んだまま、まだうつらうつらしている。袖で目元を雑にこすると、眠そうな目がテーブルに料理を持ってきた玲の姿をとらえた。


 「ご飯作ったから顔洗ってきなよ」

 「あれ……? よしいさんがいる」


 まだ半分夢の中にいるようだ。玲がやれやれと溜息をつく様子を、なぜか千田は幸せそうに微笑みながら見つめている。


 (まだ寝ぼけてる……)


 「ふふ」

 「な、何……?」


 戸惑う玲を余所に千田はベッドから立ち上がり、玲の前に膝をついた。そしてテーブルに置かれた玲の両手をそっと握る。


 「よしいさん」

 「は、はい……」


 「好きです」


 壊れ物を扱うように握られた手は、包み込んでしまうくらい大きくて、くらくらしそうなくらい、熱かった。

 

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