チェイサー ~残業中の一コマ~


 時計の針が定時の時刻を過ぎてから、しばらく経ったオフィスの一角。


 (よし、一息つこう)


 若干集中力が途切れてきたので、玲は一旦小休止することにした。

 小腹が減ったので、ビルの一階に併設されているコンビニに物資補給に行こうと、財布をバッグから取り出す。


 「私下のコンビニ行ってくるけど、千田さん何か飲み物とかいる?」

 「大丈夫です! 行ってらっしゃいませ」


 千田はキーボードを打つ手を止め、玲を笑顔で見送った。


 コンビニには他にも数名、同じく残業中であろう社員の姿が見られた。心の中で「お疲れ様です」とエールを送りつつ、栄養ドリンクを手に取る。


 (手伝ってもらっちゃったし、お礼に何か差し入れしよう)


 なんだかんだいつも千田から差し入れされてばかりだと思ったので、玲は普段スルーしているスイーツコーナーへ足を運んだ。千田が以前スイーツが好きだと言っていた気がする。

 普段じっくり見ることがなかったスイーツコーナーには「期間限定」や「人気商品」のタグが並び、どれがいいのか目移りしてしまう。


 オーソドックスなイチゴのショートケーキ、透明なプラカップの中に綺麗な層が見えるティラミス、生クリームが入った洋風のどらやき。コンビニにこれだけ様々な種類のスイーツがあると知らなかった玲は少し驚いた。

 とはいえ、残業中のため手短に決めてしまいたい。作業中に手軽に食べることができて、夜ご飯にも響かないような軽いもの。


 (う~ん……)


 玲は一瞬悩んだ後、パッと商品を取りレジに並んだ。


 「あ、お帰りなさい~」

 

 デスクに戻ると、千田は玲がコンビニへ行く前と変わらず、熱心にPCと向き合っていた。


 「千田さんも、ちょっと休憩しない? 差し入れ買ってきたよ」


 そう言ってレジ袋の中からお菓子を取り出して、千田のデスクに置いた。千田は一瞬状況が飲み込めず、ぽかんとした顔をした後、少年のようにぱあっと顔を輝かせた。


 「え!? いいんですか、ありがとうございます!」

 「糖分は必要だからね。ちょっとだけど食べて」


 千田はうやうやしくパッケージを手に取ると、商品の説明を見てさらに声を上げた。


 「あ、これ新発売のマカロン!」 

 「そうなの?」

 「はい! しかも期間限定の商品なんですよ~」


 今にも頬ずりしかねない勢いで、千田は愛おしそうにパッケージを見つめている。

 確かに限定商品という文字も見かけたような気がするが、玲が選んだ理由は別だった。


 「なんとか薫る、って書いてたから千田さん思い出してさ……」

 「え?」

 

 千田はパッケージをもう一度見た。そこには「抹茶薫る上品な口どけ」と書いてある。

 意図が汲めずに少し困った表情を浮かべる千田に、玲はなんとなく恥ずかしくなって早口でまくしたてた。

 

 「千田さんの名前、薫るって書くじゃない? だからっ……!」

 「……! え、あ、ああ!! 名前、覚えててくださったんですね」

 「当たり前でしょ! 唯一の後輩なんだからっ」


 (おやじギャグが通じないおじさんの気持ちだ今~!!)


 少し遅れて照れた千田と、羞恥のあまり耳まで赤くなる玲。どちらともなく、それぞれ無言で作業に戻ったのだった。

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