8杯目 お兄ちゃんのふわとろオムライス

8-1


 温かいシャワーを浴びていると、ドアの外から紬の声が聞こえた。


 「あの! 紬のシャンプー、ピンクのやつだから使ってください! あとメイク落としと化粧水とかも置いとくので! ちゃんと湯船に入って下さいね!」


 ラックには若い女の子が好みそうな可愛らしいパッケージのシャンプーとコンディショナーが置かれていた。

 軽く体を温める程度でいいと思っていた玲は、紬の気遣いに一瞬遠慮したものの、鏡を見ると蒸気や雨でメイクが崩れていたので有り難く使わせてもらうことにした。


 「紬ちゃんありがとうね!」

 「は~い」


 着ていた服を洗濯と乾燥にかけてもらい、紬に貸してもらった部屋着に着替え部屋に戻ると、千田がテーブルにサラダを盛った皿を置いているところだった。


 「シャワーありがとうございました。おかげで温まったよ」

 「あ、良かったです! すみません、今ご飯作るので待っててくださいね」


 スウェット姿にエプロンを付けた千田は、あれこれ紬に指示を出しながら玲に言った。


 「千田さんも濡れたでしょ? ご飯私も手伝うし先に入ってきなよ」

 「そうだよ! おにい、汗臭いから早く入ってきて。三人で食べようよ」


 今度は攻守交替で女性陣二人に押され、千田は「ささっと浴びてきます!!」とそそくさ脱衣所に消えていった。


 千田が脱衣所に行ったのを見送ると、紬が満面の笑みで近づいてきた。


 「あの、玲さんって呼んでいいですか?」

 「どうぞ。それにしても、急にお邪魔しちゃってごめんね」

 「いいんです! あの、やっぱり今日泊まっていきませんか? おにいいるからちょっと邪魔かもしんないですけど」

 

 ぐいぐい迫って玲の腕に絡みつく紬は、兄とは似ても似つかない。笑うと少し八重歯がのぞくので、無邪気な彼女に良く似合う。

 玲は最終の電車の時間を調べようとスマートフォンを出した。


 「電車、さっき見たら大雨と強風で運休になってましたよ」

 「え、ほんとに!?」

 「タクシーもつかまらなかったんですよね? 泊まっていきましょ! ね?」


 こうなると、完全に道は絶たれた。色々と申し訳ないが泊まっていくしかないだろう。


 「じゃあ、迷惑かけちゃうけど、お言葉に甘えようかな……」

 「迷惑じゃないです! 紬、ずっとお姉ちゃんが欲しくて、うれしいです!」


 目を爛々と輝かせ、紬は上目遣いで玲を見つめた。まだ扱いに慣れず、玲はとりあえず笑みを返す。


 「てか、玲さん肌めちゃ綺麗じゃないですか? 化粧品何使ってるんですか!」

 「いやいや、若い肌には負けるって……」


 千田がシャワーを終えるまで、二人はしばらく女子トークに花を咲かせた。


 千田がドタバタと戻ると、遅い晩御飯の準備を再開する。


 「今日は~紬の大好きなオムライスでーす!」

 「千田さん、私何か手伝うよ」

 「いえいえ! 紬に責任もって手伝わせますので座っててください!」

 

 兄妹に追いやられ、玲は手持ち無沙汰な気持ちで、キッチンの隅から二人の様子を眺める。

 小柄な紬がボウルに卵を慎重に割りいれる傍ら、千田がフライパンに油をしき、紬にあれこれ注意しながら見守っている。


 「チキンライスは言われたとーり、ちゃんと炊飯器にセットしておいたかんね!」

 「はいはい、偉いな~紬。卵溶いたら、マヨネーズをちょっと入れて」

 「え、なんで? どっちも卵じゃん」

 「マヨネーズを入れるとふわふわになるんだよ」

 「へ~!」


 テンポのよい会話を聞いていると、案外仲良しなのかもしれない。明るくてやんちゃな妹と、大人しくて優しい兄。理想の兄妹像だ。


 (私は兄貴と取っ組み合いばかりしてたからな~羨ましい)


 玲はでこぼこな二人の後ろ姿を優しい気持ちで見ていた。

 

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