7-5


 少し歩くと、至って平凡なアパートに着いた。コンクリートの階段をのぼっていくと、千田がドアの前で「ここです」と手で示した。

 コンコン、と軽くノックすると千田はキーケースから鍵を取り出して、「いきなり開けるとびっくりするとか、鍵は自分で開けろとか、うるさいんです……」とうんざりしながら愚痴をこぼした。完全に尻に敷かれているようだ。


 「つむぎー!」


 千田が玄関で声を張ると、奥でドアが開く音がした。一人暮らしの社会人らしい、1Kの部屋だ。玄関に入るとすぐキッチンフロアになっており、ドアで仕切られた向こう側に一つ部屋がある。


 「おにいっ! おなか減った!!」


 ドアの向こうから慌ただしく姿を現したのは、可憐な女の子だった。暗めのブラウンの髪は千田と同じ癖毛なのか、ゆるくウェーブを描いて肩にふわりとかかっている。

 まだあどけなさが残るふっくらとした頬は、お風呂上りなのか少し上気していて、真っ白な肌を桃色に染めている。小動物のようにくりっとした大きな瞳が、玲を捕らえるとさらに大きく見開かれた。


 「お、おにい! かか彼女さん!?」

 「違う違う!! 会社の先輩! 雨ひどくて濡れたからタオル持ってきて!」

 「ちょ、呼ぶなら事前にゆってよね!! まじすっぴんはずいんだけど!! 萎える!!」

 「なんかごめんね、お世話になりま~す……」


 タオルを受け取った後、事情を千田から妹に話すと、妹は恥ずかしそうに上目遣いで玲を見つめた後「えっと、千田紬(つむぎ)です!」と年相応の元気な挨拶をした。

 玲も恐縮そうに自己紹介すると「あ! この人がおにいが言ってた先輩!?」と目を輝かせて千田を見上げたものの、千田に「バカっ!」と窘められて頬を膨らませていた。


 「吉井さん、先にシャワー浴びて温まってきてください」

 「いいよ私はおかまいなく! そんな濡れてないし」

 「おにいなんか、ほっといて大丈夫ですよ!」


 兄妹に押される形で、玲は次々と風呂道具を持たされる。


 「なんならもう今日泊まっていった方良くない? 外やばいし。ね、おにい?」

 「ご飯なら多めに材料準備してるんで食べていってください。いやでもっ、泊まりは部屋狭いし、三人同じ部屋で色々気を遣わせちゃうので無理せずっ……」

 「いやいや、そこまでお世話になったら申し訳ないよ! 泊まりの準備してないし、ちょっとお邪魔したらお暇するね」

 

 玲は兄妹の言い合いを後にし、脱衣所へ向かった。気づいたら二人に押されてあれよあれよという間に後輩の家でシャワーを借りる羽目になっている。なんだかよくわからない心境だ。


 (人生何があるかほんとわかんないわ……)


 つくづくイレギュラー続きだった一日に、玲はしみじみとそう感じたのだった。

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