7-4
「終わった~!」
「目途が立ちましたね」
二人はそれぞれ伸びをしたり首を回したりして、喜びの声を上げた。
千田からもらった缶コーヒーも残りわずかになっていた。フタを空けて流し込むと、濃厚なクリームのなめらかな甘さと、コーヒーの香ばしい風味が優しく喉に流れていく。
ブラインドからわずかに見える窓の外はもう真っ暗で、作業の長さを如実に表していた。
「よし、帰ろう」
ビルを出て、玲は目の前の様子に思わず「うわ」と声を漏らした。
屋内にいてさほど気にならなかったが、外は土砂降り状態だ。大きな雨粒が容赦なくアスファルトを打ち、玲達の足元にも飛んでくる。
「傘持ってきた?」
「はい、念のため……」
揃って各々の傘を開く。千田は黒くて丈夫な傘、大して玲はいつも持ち歩いているシンプルな折り畳み傘だった。
タクシーを使うほどの量ではないが、駅まで5~10分ほど歩くためこの調子だと濡れてしまうだろう。
「う~ん、タクシー呼ぶ?」
「そうしましょうか……」
千田も億劫になったのか、傘をしまって一度屋内に退避した。
しかし、この雨脚で皆考えることは同じなのか、どこを当たってもタクシーがつかまらない。玲は唇を噛み、スマートフォンをバッグにしまった。
「仕方ない、駅までだし、頑張って歩こう……」
「すみません、電話かけてくださって……」
声がかき消されてしまうほどの大雨の中、二人は歩き出した。
雨は依然と降り続け、一向に弱まる気配がない。時折突風が吹きつけて、玲は傘で自分を守るように背を丸めて歩いた。
「吉井さん、大丈夫ですか? 濡れてませんか?」
車道側を歩く千田が心配そうに覗き込む。玲は「大丈夫」と返そうとしたが。
「ぎゃあっ!?」
ひと際強い風が吹き、玲の折り畳み傘がけたたましい音を立てて一瞬でひしゃげた。
焦って戻そうと試みるが、元に戻る気配はない。完全にフレームが折れてしまっていた。そうしている間にも雨は降り続け、玲の身体を容赦なく濡らしていく。
「最悪だ……」
すると上から千田がそっと傘を差してくれた。蝙蝠が羽を広げたように大きな黒い傘はすっぽりと玲の頭上を覆ってしまう。
「濡れるので、僕の傘を使ってください」
「え、でも千田さんは」
「僕の家、すぐ近くなので大丈夫です」
そういって千田はにこっと笑うと、頭の上にカバンを乗せて駆け足で雨の中を走っていった。颯爽と駆けていく後ろ姿はドラマのワンシーンのようだ。
しかし、千田は千田。
そのまま真っすぐ走っていき、そして、派手に躓いた。遅れて「どひゃっ!?」という情けない声があがる。
「も~~、相変わらずだわ」
玲は呆れ顔で千田に追いつくと、さっきされたように傘を差してやる。
千田がしゃがみこみながら、「すみません」といつものように眉を下げて苦笑した。
その瞬間待っていたとばかりに近くを通った車が水たまりの上を通過し、綺麗に二人にシャワーを浴びせた。しゃがんでいた千田は頭からそれを浴び、玲も見事にずぶ濡れになってしまった。
「ちょっとあの車……!」
「吉井さん、服が……」
「千田さんもかなりやばいことになってるよ! 立てる?」
ずぶ濡れの二人は車が去った方向を見、お互いの悲惨な有様を見、どちらともなく吹きだした。
「なんかもうどうでもよくなっちゃった」
「こんなマンガみたいなタイミングで来ますかね、普通」
傘を差す意味がない位に濡れてしまっている。こうなったら中途半端に濡れるより思い切り濡れた方が気持ちが良い。
千田はスーツのジャケットを脱いで軽く整えると、何か言いずらそうな目で玲を見た。
「もし、もしっ嫌じゃなければ、僕の家に寄って行ってください。そんな服じゃ風邪、引きますしっ……」
「え?! いやいや、迷惑かけるわけには」
「あの! 大丈夫です、変な意味じゃないので! 妹もいるので安心してください!」
千田があまりにも必死に押すので、玲は言葉に甘えることにした。
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