7-3


 「そういえば私の仕事手伝う前に、千田さんは大丈夫なの?」

 「はい! この前直された資料も完成させて沢渡さんにOKもらいました」

 「じゃあこの前の報告書は」

 「完成してさっき吉井さんのアドレスに添付して送りました」


 (なっ、ほとんど完璧じゃないか……)


 なんと千田は玲が頼んだ事をすでに先回りして終わらせていたのである。最近必死にデスクにかじりついている様子が見られたが、そういうことだったとは。

 玲の胸の底から嬉しい気持ちが泉のように湧き上がった。

 

 「なんて頼もしいんだ千田ぁ~~~~!! いいぞ~~~!!」


 玲は疲れでおかしいテンションになり、千田の両肩をガッとつかむと、勢いよく揺さぶった。千田はされるがままにぐらぐら、柔らかい癖毛を揺らす。


 「よ、吉井ひゃんやめてくらひゃ~~」

 「あ、ごめんね」


 玲が解放してやると、千田は照れ笑いと苦笑いが混じったような複雑な表情を浮かべて、椅子に座った。


 「よし、大体の流れはつかんだから説明するね」

 「はいっ!」


***


 オフィスの中には玲と千田以外誰もいなくなってしまった。課長も明日の朝一で変更内容を確認すると言ったきり、颯爽と帰ってしまった。


 「千田さん、どう? 進捗」

 「はい、今」


 玲の隣の席にパソコンを持ってきた千田が口を開きかけた時、千田のスーツのポケットからバイブレーションの音が聞こえた。


 「電話? いいよ、出てきな」

 「すみません」


 千田がスマートフォンを耳に当てながら申し訳なさそうな顔で何度も会釈した。

 通話ボタンを押した千田が部屋から出ていく時、一瞬若い女性の声が漏れた気がした。


 「遅くなるから先に食べてなって!」

 「もう、一人でできるだろ!」

 

 千田にしては珍しく、なかなか強気な口調で相手と話している。よほど親しい相手なのか、普段玲と接している時とは別人のようだ。


 (彼女かな?)


 戻って来た千田は「すみません」とまたもやぺこぺこ頭を下げて、パソコンに向き合った。


 「残業してて大丈夫? 私後一人でやっておくから帰って大丈夫だよ」

 「いえ、大丈夫です! さっきのは妹からなので」

 

 千田はパソコンに向き合ったまま、そう言い放った。

 横顔を見ると、珍しく厳しい顔つきだ。


 「春からこっちで就職活動してて、しばらく僕の家に居候してるんです」

 「へ~」


 千田のプライベートな話を聞くのは初めてだ。妹の事を話す千田は、兄モードになっているのかいつもと違い強気で新鮮だ。


 「ご飯はいつも僕が作ってやってるんですけど、さっきも僕のご飯が食べたいって聞かなくて」

 「かわいいじゃない」

 「上手くコキ使われてるだけですよ……」


 (もしかしたら、ちょっとわがままで尻に敷かれてるのかな?)


 千田の妹をなんとなく想像して、玲は少し和やかな気持ちになった。


 

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