7-2


 「終わった……」


 時間も忘れ作業に没頭した玲は、すっかりぬるくなったコーヒーを飲み干した。

 念のため他の欄もくまなくチェックし、次回の対策も念入りにしたため思いの外時間を取られてしまった。


 これでなんとかなるだろう。玲は集中して熱くなった頬をデスクにつけた。ひんやりとしたデスクが気持ちいい。

 

 (昼も軽くしかとってないし、集中力切れた……)


 そのまま微睡みかけた玲のデスクに、そ、と何者かの腕が伸びてきた。


 「ひゃっ!」

 「わわっ!」


 驚いて玲が飛び上がると、斜め後ろでさらに驚いている千田と目が合った。


 「なんだ千田…さん、かあ」

 「お疲れ様です。あの、これどうぞ」


 デスクに置かれたのは、ボトルの缶コーヒーだった。自販機で売っている普通の缶コーヒーよりも、少しリッチな味わいの商品だ。


 「え、私にくれるの?!」

 「あの、色々大変そうだったので」


 視線をそらして、控えめにそう零す。玲がExcelクラッシャー米村の攻撃を食らって撃沈しかけている時に、千田のもの言いたげな視線を感じていたような。


 「僕に何かできることがあれば、って思ったんですけど。まずは自分の事ちゃんとしなきゃって……」

 「うん、その通りよ、偉い偉い」


 束の間の緩い雰囲気に浸っていると、オフィスに電話の音が鳴り響いた。


 「あ、僕取りますね」


 すかさず、千田がそばにあった受話器を取る。玲は成長した千田の姿に、涙腺が緩む思いだった。


 「はい、はい。……かしこまりました。担当に申し伝えます」


 その様子を見守っていた玲だが、千田の横顔に緊迫感がにじんだのを見逃さなかった。千田が必死に取っている手元のメモをさりげなくのぞく。

 丁度明後日打ち合わせがある業者の名前と、要件が簡潔に書かれている。嫌な予感がした。


 「吉井さん、あの明後日の件ですが……」

 

 受話器を置くなり、千田が眉を下げて玲の方を向いた。

 要件は、明後日の打ち合わせの内容で、急な仕様変更があったため調整が可能か、ということだった。


 玲はすぐに社内にいる課長を呼び戻し、その件を伝えた。内容の変更は可能だが、いかんせん明後日に間に合わせるには今からだと厳しい。おそらく残業してやっと、というところだろう。


 すでに例の一件で達成感を味わっていた玲だったが、またしてもイレギュラーが発生し、頭を抱える羽目になった。


 (もう「本日の営業は終了しました」って看板出したい!! 頭働かないよ~)


 「あの、僕に手伝えることってありますか……?」


 千田が気遣わし気に、そう言う。この件について千田の関わりは薄いが、電話の取次ぎ等で、大まかな概要は知っているだろう。


 「う~ん、待って……」


 玲は腕組みをすると、脳内で今後の流れをシミュレーションし始めた。


 

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