6-4


 玲は廊下の陰に隠れて、カウンター席の様子をうかがった。

 鍋島はガタイが良く声がしっかり通るので、山崎よりはっきりと聞こえる。鍋島の問いかけに対し、山崎がなんと返したかは聞こえないが、その横顔がハテナを浮かべたように見えたので、何か聞き返したのだろう。


 「もう! ……玲……こと! ……じゃない?」

 「ああ……」


 (え、何!? めちゃくちゃ気になるんですけど~!)


 山崎はしばし手元を見て何か考えた後、苦笑交じりに話した。


 「でも、俺……飲み仲間……思って……」


 (「飲み仲間」って言った? そこだけはっきり聞こえた……)


 玲はこれ以上盗み聞きするのは流石に気が引けて、さも今お手洗いから出てきたように自然を装って席に戻った。


***


 家へ帰った玲はシャワーを浴び、顔に美容パックを張り付けながらソファに座りこんだ。

 あの後色々頭の中で考え事が尽きず、山崎の誘いを断って一軒目で玲は撤退してきたのだ。珍しく誘いに乗らない玲を見て、山崎は何か言いたげな目をしていたが、玲は頑なに一人で帰れると宣言してタクシーをつかまえた。


 (よし、整理しよう)


 缶ビールのプルタブを起こし、流し込む。背もたれにぐい、と寄りかかって胸の中に溜まっていた息を吐く。


 断片的にしか聞いていないとはいえ、山崎はおそらく自分の事を「飲み仲間」だと思っているらしい。玲自身も山崎と何度か一緒に飲むうちに、気が合うと感じていた。かといって恋人の関係を望むか? と言われるとそれはまだ気が引ける。というかいまいち現実味がわかない。

 これはある意味両想いではないだろうか。お互い「飲み仲間」としてこれからも気兼ねなくお酒を楽しむことができる。


 (まさにウィンウィンじゃん! うん、そうだ)


 ナッツをぽいぽい口の中に放りこみながら、自身の考えに相槌を打つ。


 (でも、仮に山崎さんに彼女ができたら……? そうなったら流石に二人で飲みはできないよね……)

 (まあ、でも六花で鍋島さんとかと一緒に飲むならセーフ……?)

 (いや、セーフとかアウトとか何?! もうわからん!)


 脳内がこんがらがってきた玲は、そのままソファに横になった。

 なんとなくスマホを見ると、メッセージが一件。


 『酔っ払い、ちゃんと帰ったか?』


 噂をすれば山崎からのメッセージだ。一瞬動揺したものの、「大丈夫です」とメッセージを打って、画面を閉じる。


 (そういえば私今までそんなに女性向けのマンガ見たことなかったな……)


 兄がいる玲は物心ついた時から、家の中に乱雑に置かれた少年漫画を何気なく読んでいた。同年代の少女たちが少女漫画や恋愛ドラマに夢中になっている頃、玲は少年漫画の最新話を巡って兄と少年誌を取り合ったり、ゲームの順番待ちで取っ組み合いをしたりしていた。

 

 (やっぱり最新の知見を知るべきだよね)


 そう思い、何気なく電子書籍で恋愛もののマンガをいくつか見繕ってダウンロードする。なるべく自分の置かれている状況に合うよう、「オフィス」や「大人」といったワードのものを選んだ。


 (世の中の大人の女性達の恋愛模様、学ばせていただきます……)

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