6-3


 山崎に熱烈な眼差しを送る鍋島に玲が水を差すと、鍋島は一瞬挑戦的な視線を玲に向けた。


 「私スタイリストをしている者で……、今度全身コーディネートさせていただいても……?」

 「俺が、ですか?」

 「ええ」


 玲より上背がある山崎も、身長180センチを優に超える鍋島が隣に立つとすっかり押されてしまう。鍋島は山崎の両肩をがっちりホールドすると馴染みのカウンター席までエスコートした。


 「ちょ、先生近い近い! 山崎さん困ってますよ!」

 「やだ~先生ったら、私の山崎さんとっちゃだめ〜」

 「全然似てもいない空想の私のモノマネやめてください」


 玲が真顔で制止すると鍋島はわざとらしく裏声で体をくねらせる。すると今まで何が何だかわからないという顔で鍋島にホールドされていた山崎が口を開いた。


 「二人共、俺のことで争うのはやめてください」

 「それイケメンに取り合いされる少女漫画の主人公が言うセリフじゃないですかっ!」


 玲のツッコミにより、茶番はやっと幕を閉じた。雪子も厨房の奥でくすくすと笑っている。


 「鍋島さんの熱い洗礼、ごめんなさいね。大丈夫だった?」

 「大丈夫です。それよりあなたが玲さんの言う先生なんですね」

 「え、やだ玲ちゃん私の事紹介してくれてたの? 気が利くじゃない」

 「先生のキャラが濃いのでいつ会ってもいいように予習してもらっただけです」

 

 こうしていつもより賑やかな宴が始まった。

 玲お待ちかねの今日のメニューは、せっかくだからと鍋島が太っ腹で注文してくれたお造りと、あさりの酒蒸し、タコのマリネを初めとする魚介メインになった。

 刺身は言うまでもなく、あさりの滋味のある出汁と日本酒の相性は抜群だ。口に含んだ瞬間ふわりと柔らかなお酒の匂いが広がるのも良い。


 「生き返る……」

 「じめじめしてたから、さっぱりしたのが食べたくなるよな」

 「わかります」


 続いてタコのマリネ。薄切りにしたタコやきゅうり、トマトが香り高いオリーブオイルに絡めてある。アクセントに加えられたレモンの風味がさっぱりとして、食欲がなくてもさらっと食べれそうだ。ブラックペッパーが後からピリッと効いて少し大人な味わいになっている。


 「玲さんって無言で味わってる時、脳内食レポしてる?」

 「嘘、なんでわかるんですか」

 「なんか考え事しながらぶつぶつ呟いてる時あるから」

 「全然気が付きませんでした……」


 こんな姿傍から見たらただの変態ではないか。玲は改めて自分がいかに普段食に真剣に向き合いすぎているかを痛感した。一人飲みのしすぎで脳内で食レポをするのが癖になってしまっている。

 恥ずかしすぎて顔面の火照りが収まらないので、一度クールダウンしようと玲はお手洗いに立った。


 玲がお手洗いから戻ろうとすると、何やら山崎が鍋島に絡まれているのが見える。


 (先生ったらまた山崎さんにちょっかい出してるし!)


 急いで戻ろうとしたところで、会話が断片的に聞こえてきて玲は思わず陰に隠れた。

 ちなみにお手洗いに通じる廊下はカウンターの後ろの方にあり、カウンター席からはこちらは見えない。

 

 「山崎さん……玲ちゃ……思って…の?」


 (え!? もしかして私のこと聞いてる?)

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