5-5


 「流石トークの入りが上手いな。子供たちの注意を引き付けてるわ」

 「トークの流れもそうですけど、ペンギンたちを引き立てる説明もすごいです」


 二人が真剣に意見を交わし合っている向こうでは、よちよち歩きのペンギンたちが次々と芸を披露している。飼育員が持つフラフープをくぐり抜けたり、ぴょいと水中に潜り込んですいすい泳いだり。きゃいきゃいと可愛らしい歓声を上げる子どもたちより離れた後ろ側の席で、山崎と玲は真剣にペンギンショーに魅入っていた。


 「私、小さい頃ペンギンを飼いたくて、お風呂に冷たい水を張って怒られてました」 

 「飼ってもいないのに準備万端な所が玲さんらしいな」

 「山崎さん、いまちょっと内心バカにしましたね? 頭の中でイメージしましたよね」

 「ふはっ、してないってっ……!」


 玲はそう言って山崎の肩を軽く叩きかけて、すぐさま手をひっこめた。何が起こったのかわからない山崎は、顔に笑みを浮かべたまま、一瞬きょとんとした表情になる。玲は暴走する心臓の音を抑えながら、前を見てショーに集中するふりをした。


 (危ない、先生といる時と同じようなテンションでボディータッチするとこだった……!)


 こうして充実した休日はあっという間に過ぎていった。


***


 「水族館なんて久しぶりに来ました。色々発見があって面白かったです」

 「に挨拶していかなくていいのか」

 「遠慮しておきます……」


 玲は自分で名前を付けた仏頂面の魚を思い出して、苦笑した。まさか覚えられているとは。水族館を出ると、もう空はすっかり夕暮れに染まっている。


 昼間とは打って変わってすっかり人がまばらになった公園を戻って、駐車場にたどり着く。玲は少し名残惜しい気持ちで、一度公園全体を振り返ってから助手席に乗り込んだ。


 窓から差し込む夕日が二人を照らす。帰りは二人共ぽつぽつと何度か言葉を交わす程度で、玲は窓の外を流れゆく景色をなんとなく眺めていた。

 

 「玲さんに、ずっと言わないといけないと思ってたことがあるんだけど」

 「なんですか?」


 玲は山崎の横顔に視線を移す。赤信号になり、車はゆっくりと停止した。山崎はいつになく真剣な表情で、はっきりとした眉をきゅっと寄せ、ちら、と目線だけ助手席に向ける。山崎の表情を伺うように少し見上げる玲の瞳に、山崎がうつった。


 「あの日の事、色々俺にも責任があると思って」

 「あの日?」

 「玲さんが酔っぱらった日」


 ああ、と玲はつぶやく。


 「俺もあの日酔っててキツいこと言ったし、ちゃんと玲さんの様子にも目を配ってやれてなかったから」

 

 ばつが悪そうに、すぐに視線を前に戻す。玲はふふ、と口元に手を当てて笑みを漏らした。


 「まだ気にしてるのか、とか言った本人がまだ気にしてたんですか?」

 「はあ?」


 信号が黄色になり、青に変わる。山崎も玲につられて、口元に笑みを浮かべながら、車を発進させた。


 「失敗することが悪いんじゃなくて、その後どうするか? でしたよね」

 

 そう言って玲が自慢気に山崎を見やると、山崎は知らんふりを貫いてウィンカーを出し、ハンドルを回している。


 「もうすぐ着くぞ。確かこの辺りだったよな」

 「はい。あの角を右です」


 もうすっかり日は落ちて、辺りは薄暗くなってきた。窓の外にかろうじて見える景色はもう見慣れた街並み。

 細い路地を、山崎は注意して進んでいく。


 「山崎さん、もうそのあたりで大丈夫ですよ? この辺り狭いし」

 「せっかくだから家まで送ってくわ。もう暗いし」

 「ありがとうございます……」


 こんなに長時間山崎と一緒に過ごすことが初めてだった玲は、なんとなくまだ話し足りない気がしていたので山崎の言葉に甘えることにした。


 (とはいえ、何を話そう……)


 玲があれこれ当たり障りのない質問に頭を悩ませているうちに、自宅へ近づいていく。結局何も聞けないまま、玲の自宅に着いてしまった。


 「ここでいい?」

 「はい、ありがとうございました」


 助手席を降りて、ドアを閉める。山崎が帰るのを見送ろうと、車が動き出すのを待っていると、運転席の窓が下にスライドした。


 「早く家に入れ~」

 「せっかく見送ろうと思ったのに!」


 玲がムキになって言い返すと、山崎もいつものようにわざとらしく呆れたフリをした。


 「じゃあ、また六花で」

 「はい! 山崎さんも気を付けて」


 どんどん小さくなっていく車を、玲はしばらく笑顔で見送った。

 梅雨前の、最後のカラッとした晴れの休日が穏やかに幕を閉じた。

 

 

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