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 食後のドリンクはそれぞれレモネードとアイスコーヒーを選んだ。メニューを見た玲が思わず「当店特製」の言葉につられて即決したレモネードは、蜜のような甘さの後に頬がきゅっと締まるような甘酸っぱさがある。

 

 「晴れてよかったですね、ほんとに」

 「そろそろ梅雨入りだからな」


 テラス席から陽の光に照らされる海岸を眺めていると、穏やかな気持ちになる。

 遠くから聞こえる波の音、木々のざわめき、楽しそうな子ども達の笑い声、それらが調和して平和な日常を象徴するBGMになる。


 「混んできたし、そろそろ出るか」


 レストランを出て、次なる目的地へ向かうことにした。ちょっとした庭園のようになっている公園だ。

 大きな花壇には黄色や赤、オレンジといった色鮮やかな花が一面絨毯のように咲いている。石畳の道の上を進んでいけば、涼やかな色合いのアジサイが道の両脇を囲み、まるで迎えてくれるようだ。玲は石本に見せようと、少しかがんでアジサイの写真を撮ると、ぱっと顔を輝かせて山崎の方を向いた。


 「どれも丁度見ごろで綺麗ですね!」


 立てかけてある花の説明をまじまじ見つめたり、仲の良い同僚のために写真を撮ったりあちこち動き回って思いの外楽しんでいる玲を見て、山崎は少しほっとしたように目尻を和らげた。

 さらに少し歩くと日本庭園を意識してつくられた庭に出た。これから咲き始めそうな蓮の花の蕾が葉の間からのびて、池の上に斑な薄桃の点を描いている。


 「桜の時期もすごかっただろうな」

 「風情があるから絶好の花見スポットでしょうね~」


 爽やかな緑へと変わった桜の木々を見ながら、山崎は感嘆の声を漏らす。丁度桜が植えてあるエリアは小さな池の周りのため、桜のシーズンは水面に桃色が反射して絶景だろう。


 「このまま進むと水族館に着くみたいですね」


 噴水がある広場の向こうはどうやら水族館のようだ。海岸をバックに、くじらがぱっくり口を開けたようなドーム状の建物が見える。

 入場料を払い中へ進むと、壁一面が大きな水槽になっており、大小さまざまな種類の魚が群れを成して泳いでいるのが見える。


 「あ、山崎さん、奥にサメが」

 「おお~」

 「エイがこっち来ましたよ」

 「エイの裏側ってちょっとかわいい顔してるよな」


 水槽の前にかじりつくようにして中を見ている子供たちの後ろで、玲も新鮮な反応を見せる。仏頂面で水槽の底にじっとしている魚に部長と名付けたり、水色のラインが入った小さな熱帯魚を後輩みたいだと笑みを浮かべてつついたり。水槽から差すライトにほのかに照らされた玲の横顔を眺めていた山崎は、ふとある事が頭の中によぎった。


 「そういやあの後輩とはどうなったんだ」

 「あの、おかげさまで今では良好な仲を築けているかな? という感じです」


 そういってはにかみながら、パンフレットを開いた玲は「山崎さんは、この中でどの生き物が一番好きですか?」と言って山崎にパンフレットを見せた。ペンギンやイルカ、アザラシといった水族館の人気者たちだ。


 「う~ん、ペンギン」

 「あ、私もペンギン好きです。かわいいですよね」

 「よちよち歩いてる時と、水中で泳いでる時のギャップが良い」

 「え、もしかしてガチ勢ですか」

 

 玲の質問に答えながら、山崎は内心(後輩って、男だったよな……?)と玲の愚痴の内容を思い返していた。

 

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