4-5

 「僕にはそう思えませんでしたよ」

 「どうしても後輩の前だとしっかりしないとって思って偉そうにしちゃうけど、私だってまだまだ半人前だし……」


 (待て待て後輩の前で弱音吐くなんて情けない!!)


 玲はふと我に返ると、わざと笑い飛ばすようなテンションで無かったことにしようとした。しかし千田は、笑うこともせず、ただ黙って真剣な表情で玲を見つめていた。


 「吉井さんは……課長から色んな仕事を振られても、文句ひとつ言わずに全部こなしていて、本当に尊敬します」

 「まあ、あれは下っ端だからしょうがないよ」

 「いえ、出来損ないの僕の面倒を見ながら、あれだけの事をできるのは吉井さんじゃないとできません」


 いつもの彼と同一人物だとわからないほどに、堂々と意見を述べる千田に、玲は面食らって戸惑った。シャンディガフのアルコールの力もあるのか、はたまた突然のイメージチェンジの力なのか、ここまで迷いのない言葉をぶつけられたのは初めてだ。


 ふと脳内で先日の山崎の言葉がよみがえった。


 『失敗することが悪いんじゃなくて、それからどうするかとか、同じこと繰り返さないとか、そっちが大事なんじゃないの』


 千田は小さなミスは多いものの、同じ失敗を繰り返したことはない。間違えれば素直に謝るし、何でも率先して挑戦しようという気概も見られる。


 (内心怒ってばかりいたけど、私がいっぱいいっぱいで余裕が無かったのかも)


 「だから僕も早く吉井さんに追いついて、」

 「千田さん」

 「はいっ」

 

 あれこれまくし立てる千田にストップをかけると、まるで待てをされた犬のように即座に口を閉じて背筋をのばした。


 「こんな私に一生懸命ついてきてくれて、ありがとうね」


 忠犬のようだと、思わず笑みが浮かぶ。微笑みながら礼を言われた千田は、みるみるうちに顔を真っ赤に染めていく。


 「あ、あの僕っ」

 「てかさ、石本帰ってこないよね。大丈夫かな?」


 その様子に気づかれることなく、石本を探しに行った玲に置いて行かれて千田は一人、ぽつんと席に残されたのだった。


***

 

 「吉井さん、あの、本当に大丈夫ですか?」

 「うん。慣れてるから」


 あの後、トイレで爆睡していた石本を回収して帰って来た玲の判断で、歓迎会はお開きとなった。玲は肩に石本の腕を回しながら、千田が持っていた石本のバッグを受け取る。


 「石本はうちに泊めるから一緒に帰るけど、千田さんの家ってどっち方面?」

 「あ、大丈夫です! 一駅分くらい歩いて帰るので」


 千田があっけらかんとして答えるので、玲は一瞬目を見開いて笑顔の千田の顔を見たが、それほど酔っているわけでもないことがわかると千田が居酒屋で手配してくれたタクシーに石本と乗り込んだ。


 「わかった、気を付けて。明日会社でね」

 「はい!」

 

 千田は二人を乗せたタクシーがゆるやかに発進するのを見送りながら、内側から火照る頬を両手で軽く叩いた。


 (ありがとう、って言われた……!)


 思わず口元が笑みを作ってしまうのを感じながら、千田は上機嫌で鞄を軽く振りながら歩き始めた。

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